ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
Talksなどのまとめ
アルナーチャラー(shioさん)
photo:shioさん

<Talks、日本語文献を読んだまとめ>
 *2009年10月28日記入、2016年3月13日修正

<三つの眠りの状態と第四、第四を越えた状態(身体・鞘)>
1.目覚めの状態
    jagrat:waking state:目が覚めている状態
  【身体】
    sthula sarira:physical body:物質的な身体
     ・gross body:粗雑な身体
     ・fleshy body:肉の身体
     ・眠らないでいる状態を享受する身体
  【鞘】
    annamaya kosa:sheath of gross matter:粗雑な物質の鞘
  【説明】
    ・眼を開いて夢を見ている眠りの状態
    ・心の活動、思考のような活動があるため、客体と世界がある
    ・身体との同一視が失われていないため、粗雑な身体が、粗雑な名と形を知覚する
    ・感覚器官による知覚がある
2.夢見の状態
    swapna:dream:夢を見ている状態
  【身体】
    sukshma sarira:subtle body:微細な身体
     ・subtle:識別しにくい微妙さ、分からないほど微細な、かすかな
     ・dream body:夢を見ている状態の身体
     ・mental body:心の身体
     ・夢を享受するかすか(微妙)な身体
  【鞘】
    manomaya kosa:sheath of mind:心の鞘
  【説明】
    ・眼を閉じて夢を見ている眠りの状態
    ・心の活動、思考のような活動があるため、客体と世界がある
    ・身体との同一視が失われていないため、心の身体が、それらの多種多様な形と名の中で心の
     創造物を知覚する
    ・感覚器官による知覚が希薄
    ・夢は、目覚めと夢のない眠りを連結するもの。眠らないでいるときのサムスカーラの結果
    *夢のない眠りの状態から、夢見の状態に移ったとき、最初に「私」という思考が生じ、自我・
      微細な身体が生じる
3.夢のない眠りの状態
    sushupti:dreamless sleep:夢のない眠り
     ・deep dreamless sleep:深い夢のない眠り
     ・sleep:眠り
     ・the state of deep sleep:深い眠りの状態
  【身体】
    karana sarira:causal body:原因となる身体
     ・primal body:原始の身体
  【鞘】
    ・?
  【説明】
    ・夢を見ていない眠りの状態
     →眼は開いていたり、閉じていたり
    ・心の活動、思考の活動がないため、客体と世界はない
     →心の空白の状態
    ・身体との同一視が失われているため知覚がない
    ・感覚器官による知覚がない
    ・「私」という思考は真我に没入しているが、とけ込んでいない(「私」と真我を隔てる壁がある)
    ・粗大な対象も微細な対象も経験することはないが、無知が持続している
    ・真我の知識(意識)に満たされている(気付いていない。無知)
  *sarira traya:三つの身体
    entire body:すべての身体(私たち自身とすべての宇宙の身体)
  *三つの眠りの状態は、自我に属する
  *三つの眠りの状態以外に、心の働きが存在しないか、それとも、真我の意識が広く行き渡っていないところ
    で、眠り、昏睡、失神、狂気などの中立の領域がある
  *粗雑な身体や世界は、目覚めている人のために存在していて、深く眠っている人にではない
4.第四の状態
    turya(turiya):the fourth state beyond waking, dreaming and sleeping:
                       目覚め、夢見、夢のない眠りを越えた第四の状態
  【身体】
    ・不明。。。
  【鞘】
    anandamaya kosha:the sheath of bliかss:至福(Ananda)の鞘
     *Ananda(至福)は、Sat(あり続けている)の本性(本来の性質)
     *Sat(あり続けている)の輝きであるChit(意識)がAnanda(至福)の鞘(と思われる)
  【説明】
    ・「私」という思考が、至福の鞘に吸収され、とけ込んだ状態
      →正確には真我にとけ込んでいない
    ・意識の状態
    ・真我が見るものであるという観念を持つ
    ・三つ(目覚め、夢見、夢のない眠り)の眠りの状態のことを何も知らない
    ・三つの眠りの状態の下に横たわる制限のない基体(物や現象の根底にある本質)
5.第四を越えた状態
    turyatita
  【身体】
    ・不明。。。
  【鞘】
    ・至福の鞘がなくなった(越えた)状態
  【説明】
    ・「私」という思考が、純粋な至福に吸収され、とけ込んだ状態
    ・純粋な至福
    ・実際に四つの状態があるのではなく、真に超越した一つの状態だけがあるという真我に完全にとけ込ん
     だ状態
    ・真我が見るものであるという観念も消滅している
6.合間
  ・interval
  ・Talk 314:the transitional ‘ I ’:移行期の「私」
  ・目覚めと夢見、夢見と夢のない眠りの状態の間に、「合間(真の「私」の状態)」がある
  ・夢見から目覚めに遷移するときに、「合間」を感じることができる
  ・不滅の意識 196ページ
    人が目覚めたとき、実際に外部の世界に十分気付くようになる前に、その合間、時間、空間の
    ないことが真の「私」の状態
7.Sat-Chit-Ananda(Satchitananda)
  ・あり続けている(Being)-意識(Consciousness)-至福(Bliss)
  ・Sat(あり続けている)の輝きがChit(意識)であり、その性質(本性)がAnanda(至福)
   あり続けている真我の本来の性質が、「至福」
   真我の輝きであり、至福の鞘が、「意識」
   意識の広がりの拡大が、「心(「私」という思考)」
8.まとめ
 【目覚めの状態】
  粗雑な身体
  物質的な鞘にくるまれている
  心の活動がある
 【夢見の状態】
  微細な身体
  心の鞘にくるまれている
  心の活動がある
 【夢のない眠りの状態】
  原因となる身体
  至福の鞘にくるまれている
  至福の鞘に没入した状態
  心の活動がない(空白の状態)
 【第四の状態】
  至福の鞘にとけ込んだ状態
  至福の鞘そのものになっている
 【第四を越えた状態】
  至福にとけ込んだ状態
  至福そのものになっている
 【合間】
  目覚めの状態(粗雑な身体)と夢見の状態(微細な身体)の合間
 【至福の鞘】
  真我の輝き(意識)
 【至福】
  真我の性質(本性)

<真我と私>
1.真我
  ・Self
  ・Talk 16:出生以前に後天的に得た傾向の種子を内部に含む「自我」を跳ね返す
  ・純粋な、そして、絶対的存在
  ・いつもそこにあり、そして、すべての状態で途切れることなく存続する
  ・完全な平穏
  ・atman:アートマン
   ・Self:真我
  ・Brahman:ブラフマン
   ・The Supreme Being;the absolute:至高の存在、つまり、絶対的なもの
   ・Supreme Spirit:至高の精神
   ・Perfect Bliss:完全な至福
   ・Bliss, impersonal and absolute:至福、人格を持たない、絶対的なもの
   ・人(man)の中にあるAtmanは、太陽の中にあるBrahmanと同じ
  ・実在
   ・自我(三つの状態)の背後に横たわっている「ある(Being)」
   ・私やあなたはなく、現在・過去・未来もない
   ・時・空間・言葉などによる表現を越えている
   ・純粋な私
   ・完全な(Absolute)ある(あり続けている、存在:Existence)-意識(Consciousness)-至福(Bliss)
  ・光と闇、神と悪魔、天国と地獄を超えてあり続けている
  ・Be as you are:あなたは、ある(真我)としてありなさい
   ・「あるがまま」、「いま、ここ」を超えている
2.源
  ・source
  ・source of thoughts 思考の源
  ・root-thought 思考の根源
  ・ハートの中にある
  ・息の源と心(「私」という思考)の源は同じ
  ・心と呼吸は(思いと行為のように)二本の枝のように分かれている。しかし、両方とも、単一の根元から
   出ている
3.ハート
  ・the Heart
  ・Talk 29
   ハートは、漠然とした想念「私」が生じる場所を意味すると、ヴェーダと聖典の中で用いられます。
   それは、肉の身体の膨らみからのみ生じるのでしょうか?
   それは、私たちの存在の真ん中でおおよそ右側、私たちの内部に生じます。
   「私」は、位置を持ちません。何もかも真我です。それを除いて何もありません。
   このように、ハートは、私たち自身のすべての身体、すべての宇宙から成ると言われるに違いなく、
   「私」として考えられます。
   しかし、実践する人(abhyasi)を助けるため、私たちは、宇宙の、または、身体の確実な部分を
   指し示さなければなりません。
   このように、このハートは、真我の座として指摘されます。
   しかし、真実の中では、私たちは、あらゆる場所にいます。私たちは、すべての存在です。そして、
   その他に何もありません
  ・心は、ハートではなく、ハートの中にある源(真我)にとけ込ませてもらえたとき、真我としてあり続け
   られる
  ・源から「私」という思考が最初に生じ、そして、粗雑な身体(息)が現れ、世界(宇宙)が現れる。
   源を探り、とどまり続けられるようになると、ハートにとけ込むことができる。
   努力し続けることで、心と息がハートにとけ込むことができる。
   ただ、どれだけ努力をしても源にとけ込むことはできない。
   源にとけ込むためには、源を感じ、源に帰依し続けることにより、真我が「私」をとけ込ませてくれるまで
   待つしかない
  ・laya
   ・心と息がハートの中にとけること。ハートの中に息と心を吸収
   *TalksのGROSSARY
     ・dissolution:溶解、溶けること
       ・dissolve 固体を他の液体の中に入れて溶かす、固体が液体の中で溶ける
   *Collected_worksのGROSSARY
     ・absorption;in yoga, absorption of breath and mind in the Heart
      吸収、そして、yogaの中で、ハートの中に息と心を吸収
  ・manolaya
   ・心が、ハートの中でとけること
   *TalksのGROSSARY
     ・(temporary)subsidence of the mind:心の(一時的な)沈下
   *Talk 30
     ・mind-dissolution:心の溶解。心がハートの中でとけること
  ・pralaya
   *TalksのGROSSARY
     ・dissolution (of the world):世界の溶解。世界がハートの中でとけること
   *Talk 30
     ・cosmic dissolution:宇宙の溶解。宇宙(固体)が液体(ハート)の中で溶けること
4.「私」という思考
  ・I-thought、‘ I ’ thought、thought of ‘ I ’
  ・真我(源)から最初に生じる思考
5.心
  ・mind
  ・思考の束(A bundle of thoughts)
  ・命(life)という現れの一つの形
  ・主体と客体の創造者で、二元的な観念の原因
  ・心は、心ではないもの、または、物質と関連している、または、従っていると見られているため、
   心と物質は共存する
6.ヴァーサナ
  ・vasana:habit of the mind;latent tendency or impression
         (現世の)心の習慣。潜在的な傾向、または、印象
  ・もっとも微細な形でハートの中に囲い込まれている
  ・ヴァーサナが、私が真我であることを忘れさせている
  ・多様性を産み出し、そこから一切の障害があらわれる
  ・「私」という思考を生じさせる原因
  【二種類のヴァーサナ】
   ・スバ(subha)の支配下にあるとき:良い、または、快い心
   ・アスバ(asubha)の支配下にあるとき:良くない、または、不愉快な心
  【二種類のヴァーサナ】
   ・バンダ・ヘートゥ(bandha hetuh):無知な人に束縛を引き起こすこと
   ・ボーガ・ヘートゥ(bhoga hetuh):賢い人に喜びを与えること
7.サムスカーラ
  ・samskara:innate tendency:生まれながらの傾向
  ・過去から続いている心の印象(傾向と気質)
  ・生まれつきの性質(instinct)
  ・出生以前に後天的に得た傾向の種子
  ・ヴァーサナの種
  ・サムスカーラがなくならないと、真我にとけ込めない
  ・サムスカーラは、「私」ではなくすことができない、与えたであろう真我しかなくすことができない
8.チッタ
  ・chitta:memory(記憶):mind(心)
  ・心の素質
  ・過去からの印象(サムスカーラ?)が蓄えられている
  ・対象の方向に向けられた心の様式
  ・その中に印象が蓄えられている心の様相
9.自我
  ・jiva:the ego:自我、the individual soul:個々の魂、personality:その人特有の特徴・個性、
      individuality:個性、個性(individuality)という成長の本質
  ・ahankara:the ego-self:自我自身、‘ I ’ sense:「私」という感覚
  ・真我から放たれた光が、「私」という思考を透過し、傾向の種子(samskara)に反射し、
   宇宙として具体化される感覚として現れ、自我として知覚できるようになり、世界が現れる
  ・身体と自我を同一視し、真我を見ることを失わせている
  ・自我に内包されている傾向の種子(samskara)を成長させる。その結果、現世の傾向(vasana)を得る?
  ・思考を成長させ、世界も成長させる
  ・目覚めの状態では脳、深い夢のない眠りの状態ではハート(右胸)にとどまると言われている
  ・自我の鞘は、知性。自我は、知性ではないが、知性の性質を帯びる
10.「私」という想念
  ・I-idea
  ・自我が具体化されてから生じ、身体(または生命体)と関連しているはず

<サマーディ>
1.サマーディ:samadhi
  ・GROSSARY:なし 
  ・Talk 26・29:undistracted mind:注意をそらされていない心(真我から引き離されていない心)
  ・Talk 391:Holding on to Reality is samadhi
  ・実在(真我)につかまっている
  ・五感は消失していない、休息状態にある
  ・心が止まっているだけ?
  ・心は生きている
  ・一時的な至福
2.サヴィカルパ・サマーディ:savikalpa samadhi
  ・GROSSARY:a state of concentration in which the distinction between the knower.
           knowledge and known is not yet lost
           知るものを区別する中での集中の状態。
           知ることと知られるものは、まだ、失われていない
  ・Talk 17:though differentiated, still in absolute repose
        分化した思考、絶対的な安らぎの中での静けさ
        目を閉じればnirvikalpa、目を開ければsavikalpa
  ・Talk 391:Holding on to Reality with effort is savikalpa samadhi
  ・努力して実在(真我)につかまっている
  ・知る者、知られるもの、知ること(見る者、見られるもの、見ること)の区別が失われていない
  ・不断の努力によって維持されているサマーディの状態
  ・自己留意が揺らぐと、真我の自覚は妨げられる
  ・願望、情欲、怒りなどがどこから生じているのかを知り、その源につかまっている
  ・心は、一つの対象から他の対象へ飛び移る
  ・内部からそれに反発することなく世界を目撃している間の静けさ
  ・静かで穏やかな波のない大洋
  ・外的サマーディ
  ・心は生きている
  ・一時的な至福
3.ニルヴィカルパ・サマーディ:nirvikalpa samadhi
  ・GROSSARY:the highest state of concentration in which the soul loses all sense
           of being different from the universal Self,
           but a temporary state from which there is a return to ego-consciousness
           魂が、普遍的な真我と異なる存在すべての感覚を失う中で、集中の最も高い状態。
           しかし、自我意識への復帰があるから一時的な状態 
  ・Talk 391:Merging in Reality and remaining unaware of the world is nirvikalpa samadhi
  *ケーヴァラ・ニルヴィカルパ・サマーディ:kevala nirvikalpa samadhi
   ・Talk 256:kevala nirvikalpa happens even in the tanumanasi stage (of attenuated mind).
  *ケーヴァラ・サマーディ:kevala samadhi
   ・GROSSARY:samadhi in which activities of body and mind are only merged
            身体と心が、ただとけ合わされた中での活動というsamadhi
   ・Talk 187:
     (1)mind alive
     (2)sunk in light
     (3)like a bucket with the rope left lying in the water in a well;
     (4)to be drawn out by the other end of the rope.
  ・集中の最高の状態、そこでは人は普遍的真我とは異なるというすべての感覚を失うが、自我へ
   戻ることがある一時的な状態
  ・努力なく、一時的に真我の中に吸収された状態、その中では感覚は働かず思考は全体として
   ない。マハルシは、通常これをたんにニルヴィカルパ・サマーディと言っている
  ・真我実現の前の段階
  ・真我の一時的な自覚はあっても、感覚的情報を知覚できず、世界の中で機能することもできない
  ・そよ風によっても影響されない静かでむらがなく燃えている炎のよう
  ・内的サマーディ
  ・ロープをつけて井戸の中に沈められているバケツのよう(引き上げられてしまう)
  ・主体は一方と他方を区別しており、そこでは活動がある
  ・心の活動の休止と外的対象の消失から生じている至福を享受する
  ・身体意識が戻ったとき、自我も再び現れ、至福が終わる
  ・真我に没入した状態(真我にとけ込んでいない)
  ・心は生きている。完全に消滅していない
  ・一時的な至福
4.サハジャ・サマーディ:sahaja samadhi
  ・GROSSARY:samadhi which comes naturally and is present always
           自然のままに生じ、いつも目の前にあるsamadhi
  ・Talk 17:The ever-present state is the natural state sahaja
           常に目の前にある状態は、自然のままの状態sahaja
  ・Talk 68:natural:自然のままの
  ・Talk 187:
    (1)mind dead
    (2)resolved into the Self;
    (3)like a river discharged into the ocean and its identity lost;
    (4)a river cannot be redirected from the ocean.
  ・Talk 317:effortless samadhi:努力を要しないサマーディ
  ・Talk 398:Sahaja is the original state
  ・sahaja:natural;one’s natural state:自然のままの、つまり、一つの自然の状態である
  *サハジャ・ニルヴィカルパ・サマーディ:sahaja nirvikalpa samadhi
   ・Talk 391:Remaining in the primal, pure natural state without effort is sahaja nirvikalpa samadhi.
  ・jagrat sushupti(ジャーグラト・スシュプティ):目覚めた眠り
  ・人が自分自身と世界との差別を見ることなく、人間の能力を十分に利用したままで、真我の中に
   自然に永遠に吸収されている状態
  ・マハルシは、このサマーディを強調している
  ・努力なく、原初の、純粋で、本来の状態にとどまっている
  ・自我を完全に二度と現れることのないまでに消し去った状態
  ・永遠に存在し、最終的なもの
  ・むらのない炎(サヴィカルパ)と波のない大洋(ケーヴァラ)との同一視
  ・心は死んでいる。心の活動への逆戻りはない
  ・心は真我の中に溶解され、消え失せてしまっている
  ・心の印象は消滅している。私という思考も消滅している
  ・大洋に流入してその独自性を失った川のよう。川は大洋から方向を変えることはできない
  ・主体のみしかないため、一方と他方を区別していない
  ・対象と活動は、障害物ではない
  ・身体・感覚・心は働くかもしれないが、身体の活動をほとんど意識しない
  ・身体活動に気づかないままにとどまっている
  ・永久的な至福
  ・至福の消失が結果として生じることはない

<道(Marga:path)>
禁欲、純粋な食べ物、離欲、偶像崇拝、瞑想、hatha yogapranayama(呼吸調節)、hatha yogajapa(マントラの復唱)は、一点に集中するための強い心を育てる。
それぞれの段階に応じて、適した道を選べば良いが、マハルシが勧める道は、「探求の道」。
一点に集中できるようになったら、「探求の道」を実践し続ける。
「私」という思考の源を探り求め、そこに居続ける(そこを感じ続ける)努力をし続ける。
真我が、「私」をとけ込ませてくれるまで。
1.Vichara Marga:path of enquiry:探求の道
2.Bhakti Marga:path of devotion:帰依の道
  ・prapatti:surrender:明け渡し
     = parabhakti:the highest form of devotion:帰依の最も高度な形
     = vairagya:dispassion:平静、non-attachment:無執着
  ・Nivritti Marga:path of renunciation:放棄の道
  ・Jnana Marga:path of knowledge:知識の道
    *実在(Reality)から個(individual)がいかにして分離したのかを見いだす努力をする
    ・Ravi Marga:path of the sun:太陽の道:Jnana
3.Yoga Marga:path of union:結合の道
   *実在(Reality)と個(individual)の結合を目指す
  ・pranayama:regulation of breathing:呼吸の調節
  ・Moon Marga
4.Karma Marga:path of action:行為の道
   *良い行い(deed)をすること、例えば、社会奉仕
  ・Pravritti Marga:path of action:行為の道

<方法(method)>
第1の方法:vichara:探求
第2の方法:bhakti:帰依
第3の方法:pranayama:呼吸の調節:Yoga
第4の方法:karma:action:行為

<進行の段階(satya:degree)>
 *GROSSARY:satya:true:真実の;the real:実在
1.Vyavaharika satya(日常生活)
   *GROSSARY:Vyavaharika satya:phenomenal existence:思考ではなく五感で知覚できる存在
  ・この椅子は、私によって見られる実在
  ・真我探求(「私」という思考の源を探り求める)を始める前、「世界(心の投影)」は、実在
2.Pratibhasika satya(錯覚の)
    *GROSSARY:Pratibhasika satya:特定の個に現れるような、錯覚を起こさせる現実
  ・ロープを蛇と見間違える(錯覚)。見間違えた人にとって、それは、実在
  ・真我探求の過程において、常に存在しないものを「これではない、これではない」と排除するため、
   それは、錯覚
3.Paramartika satya(究極の)
  ・実在は、常に同じで、変わることがない。錯覚をなくすと、実在のみが残存する
  ・真我が、「私」という思考を源にとけ込ませたとき、常に存在しないと排除した「世界」は、実在(実在の
   一部として見いだされる)。すべての常に存在しないものは、実在であり、実在以外何もない
   ・真我から外へ投影される思考がどこから生じるのかを見いだすと、真我のみが残存する(Talk 13)
   ・自分自身ではないすべてを捨てた後に残された残りものが、
    あり続けている-意識-至福(Sat-Chit-Ananda)である真我(Talk 25)
   ・すべての客体が消滅するまで主体を探し求めると、完全な主体のみが残存する(Talk 25)
   ・本来の「私」の場所(「私」という思考の源)の中で、自分自身を完全に明け渡す(「私」が失われる)と、
    真我のみが残存する(Talk 28)

<三つ組(triads)>
 seer:見る者
  witness:見る者、目撃者、目の当たりに見る者
 the seen:見られるもの
 seeing、sight:見ること

 drik:he who sees:見る者、the subject:主体
 drisya:that which is seen:見られること、the object:客体

 私は真我であるが、真我であることを忘れている。
 そのため、「真我(見る者)」と「私・世界(見られるもの)」に分離してしまう。
 私が真我にとけ込むと、見る者だけとなり、見られるものはなくなる。
 一つである実在(真我)。
 見る者が、見、そして、あり続ける。

 knower:知る者
 the known:知られるもの
 knowledge:知ること、知識

 知る者と知られるものと知ること。
 私が、真我にとけ込むと、知る者だけとなり、知られるものはなくなる。
 そして、知る者は、知ることとなる。

 cogniser:認識する者
 cognised:認識されるもの
 cognition:認識

<mixiで知り合った大先輩に教えていただいたお言葉>
ジニャーナなきバクティは、狂信を生む。
バクティなきジニャーナは、ただの知識となる。

<柳田先生のお言葉>
真我探求は、心による、あるいは知的な「探究」ではなく、献身的な「探求」である。

<その他>
考えることをやめ、思うことをやめ、心を止め、呼吸を保持する。
「私」という思考の源を探し求める(知性を保持する)と、「知性(intellect)」、「理性(reason)」はなくなり、「感じること(feeling)」のみとなる。
たき火をかき混ぜる棒が、いつしか燃えてしまうのと同じように、最後に残った知性はなくなり、本当の「私」があらわになる。
「感じること」は、最も重要な要因で、「理性」ではない。
「感じること」 ←→ 「思うこと(知性、理性)
本質的に不可欠なものは、師の恩恵。
映画を見ている人は、スクリーンに映し出されている光と影を見て、あたかもそこで人が演じているかのように思っている。
しかし、実際に見ているのはスクリーンに過ぎず、誰もそこで演じていない。
「私」を透過して、現れた世界(光と影)を見るのではなく、私に向かって放たれた光を見る。
そして、その光の源を見続ける(感じ続ける)ことにより、知性や思考がなくなり、真我のみになる。

 *Talks
 *Talks(独り言)
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テーマ:自己探求 - ジャンル:心と身体

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ookuwa

Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2019.07.13 真我の探求方法
2019.05.25 マハルシの年表
2019.01.09 マハルシの文献
2016.03.13 Talksなどのまとめ



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