ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
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源の扉
151011_塩沢湖紅葉

先日、子供がプロの演奏会の前座で演奏することになり、会場へ。
ビデオを撮り終え、プロの演奏をまったりと聴いていたところ、ふと気付きました。

ひょっとしたら、「源」の扉を意識的に開けることができるんじゃないか? って。
(^_^;)

いつも、「私」が生じる源を探り求める(真我探求)とき、その一点に集中し続けます。
「五感の扉」を開けるためには、「一点への集中(焦点を合わせ続ける)」ではなく、「集中(焦点)をなくす」ってことに気付きました。

あぁ、これは、いけるかも! と、心地よいヴァイオリンとチェロの響きに身を任せつつ、「私」が生じる源に集中しながら、その集中をなくしてみました。

ハートの中にある「源」、集中しているときは、とても小さな点です。
集中をなくしたところ、点が少しずつ広がり、円になり、ドームのような覆いが現れ、それが、はじけました。

うまく表現できませんが、ハートの中に大きな穴が開いたカンジです。
穴の向こう側は、いつも感じている源。
そこは、赤系の色で、ゼリーのような状態になっていて、その中に入ろうとしても入れません。。。
で、そこから、何かがあふれることもありません。

あちら側も、こちら側も、ただただあり続けている。
何事も起きることなく、ただあり続けている。

とってもいい感じです。
(*^_^*)


shibaさんの「アルナーチャラの聖者」に、良いお言葉が!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼はただ師の言葉を実践し、次第に内に進めばいいのです。
師は「内」と「外」の両方にいます。
彼はあなたを内側に駆り立てるための状態を作り出し、同時に、あなたを中心に引き寄せるために「内部」を準備します。
そうして、あなたが中心に据えられるために、彼は「外」から後押しし、「内」から牽引します。

その全てを師に任せなさい。
無条件で彼に委ねなさい。
二つのことの内の一つが行われなければいけません-あなたが己の無力を悟り(気付き)、あなたを助けるより優れた力を必要とするために、あなた自身を委ねるか、もしくは、苦しみの原因を吟味し、その源の中へ入り、自ら(真我)に溶け込むことです。
どちらの道でも、あなたは苦しみから解放されるでしょう。
神またはグルは、彼自身を委ねた信奉者を決して見捨てません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すべてを委ねきることは、思ったよりたいへんなことで、これを実践し続けるのは、僕にはムリです!

「苦しみの原因」の源は、「私」が生じる源と同じ。
自分の意志で、「源」にとけ込むことはできないみたいですが、「源」の近くに居続けることは、努力すればできます!

「私は誰か?」と問うのは、最初の1回だけ。
問い続けることに意味はなく、問い続けても、誰も答えてくれません。
「私は誰か?」 の次は、では、「私」はどこから生じるのか?
そして、その「源」を探り求め続ける という行為に繋がります。

あれこれ考えて「探究」するのではなくて、物理的に「私」が生じる源を「探求」する。
「探究(考える)」ではなく、「探求(感じる)」。

「探求する」という一つの行為をし続けることで、それ以外のすべてを手放す。
「何もしない」という行為で、手放すのではなく、「探求する」というただ一つの行為をし続けることによって、それ以外の欲が少しずつ離れていく。
「手放す」ではなく、「離れていく」。

手放せる欲は、できるだけ手放し続ける。
根深い欲、潜在的な欲は、手放せないので、「少しずつ離れていく」っていうのが、とってもいいです!
(*^_^*)

心がハートの中にとけ込むと、静寂(何もない、空、無、一体感、永遠の空白)が訪れます。
マハルシは、「ここで立ち止まらないように」と言われています。
ハートの中は、とても穏やかで、静かで、居心地が良く、「善悪」がなく、そして、何もないように感じられます。
 *「善悪」は、ハートへの出入り口で生じるみたいです。

ハートは、「源」ではありません。
ハートの中に、「源」があり、それは覆いに覆われていて、感じにくくなっています。
ハートの中に入れたら、そこからさらに「源」を探り求め続ける。
「源」と言う一点への集中。
「源」への集中が極まってきたら、焦点をなくす。
「源」をただただ感じ続ける。
「源」を感じ続けることができたとき、きっと、「源」の中に没入できるようになると思います。
そして、出たり入ったりを繰り返しているうちに、「源」が「私」を吸収してくれます。

「マハルシの教え」は、シンプルですが、根気がいります。
この道は、「迷い」の入り込む余地のない、揺るぎない、確かな道です。

「源」に吸収されると、どうなるのかわかりません。
「吸収される」という「恐れ(壁)」があるうちは、吸収されないと思います。
「恐れ」をやめたとき、「私」はなくなり、「ある」だけになるのでしょう。
(^_^)
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テーマ:自己探求 - ジャンル:心と身体

この記事に対するコメント

さすがSさん!

すばらしいですねぇ~
(*^_^*)

今後もよろしくお願い致します。
m(_ _)m
【2015/10/01 15:47】 URL | ookuwa #cJKlNMNY [ 編集]


今日は雨ですね。
放たれたコトバは水に流されました。
【2015/09/30 14:54】 URL | S #YG9ONXHE [ 編集]


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Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2018.01.22 マハルシの年表
2016.03.13 Talksなどのまとめ
2014.12.22 マハルシの文献
2014.02.15 真我の探求方法



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