ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
Talk 54(独り言)
<Talk 54(独り言)>

Talk 54

Selfを真我と訳しています。
真我と同じような言葉がいろいろあります。
「絶対的なもの(the Absolute)」は、その一つ(真我は、「もの」ではないですが。。。)。
あと、Brahmanも。
なぜ、すべてSelfで表さないのか?
よくわかりませんが、真我は、言葉で表すことができないため、いろいろな表現をされているのではないかと。

「私-私(I-I)」は、よく出てくる言葉です。
いつもは、「私-私」を、源からあふれ出す「至福」ととらえていますが、ここでは、「私-私」を、真我から最初に生じる、「私」という思考と。

知性(buddhi)は、自我の鞘。
ちなみに、意識は、真我の鞘(輝き)。

真我(Brahman)から、最初に「私」という思考(aham)が生じ、そして、知性(buddhi)、自我、粗雑な身体、世界が生じる。
知性(自我)が、「私」という思考を通り越して、真我を発見することはできない。
「私」という思考がなくなれば、知性(自我)もなくなり、そこに残るのは、あたり一面にあり続けている真我のみ。

真我から出た後、いろいろなものがたくさん現れます。
深い眠りの中では、粗雑な身体や世界を知覚しません。
粗雑な身体や世界は、目覚めている人のために存在していて、深く眠っている人に ではないです。
深い眠りの中は、幸福(至福)で満たされていますが、「私」は、没入しているだけで、とけ込んでいません。
「私」と真我を隔てる壁があり、夢見の状態になったとき、微細な身体が生じ、自我が生じる。

mantraを繰り返し言い続けたり、「私は誰か」と繰り返し言い続けたり、呼吸を制御したりすることは、心(集中力)を強くする役に立つが、真我(Brahman)にとけ込むことはできない。
真我は、いつも、ここにあり続けていて、どこか遠くのところにあって達せられるようなものではない。
「私」という思考の源を探り求める続けることにより、いつしか、真我が「私」にとけ込んでくる。

**********

真我探求は、どこにいてもできる。
まぁ、そう言われれば、それまでなのですが、僕は、最初のころ、このようなお話しを読んだとき、「マハルシは、家を捨てて、アルナーチャラに行ったじゃない!」 みたいなことを心の中でつぶやいていました。。。
(;^_^A
ここで仕事をしながら、いろいろなこと・ものに縛られながら、真我探求をするのではなく、仕事を辞め、誰にも邪魔されす、好きなだけ探求ができる、そういう環境で生きたい! って、強く思っていました。
が、今は、その思いはかなり薄れています。
そう、どこにいても一緒なんだ ってことに気付いたからです。
あと、山の中ではいい感じでも、ここに戻れば今まで通り ってのもなんだか。。。
僕は、アシュラムに一度も行ったことがありません。
どこにいても一緒なんだ と言いつつも、一度はアシュラムに行ってみたい! って欲は、なくなっていません。
(;^□^)あはは… 

nirvikalpa samadhiは、真我に没入しただけで、とけ込んでいない状態。
そこから出て、身体意識が戻ったとき、自我も再び現れ、至福が終わる。

sahaja samadhiは、真我にとけ込んでいる状態。「私」の最も初期の状態。
そこから出て、身体意識が戻ったとき、自我は現れず、至福が続く。

まぁ、なったことがないので、sahajaは、どうなるのかまったくわかりません。
ただ、真我が、「私」にとけ込んできた後、「私」の意志は、きっとなくなるんじゃないかって感じています。
あれこれしたいとか、欲しいとかの感情が起きなくなる?
あるのは、ただ、真我の意志のみ?
なんというのか、自分が自分でなくなりそうで、ちょっと怖いです。。。
没入するだけなら、戻って来られますが、とけ込んでしまうと、戻って来れません。
「私」の自由意志は、真我の意志になる。
(ー'`ー;) ウーン、、、僕にはまだムリですね。
今のところ、nirvikalpaが、ベストです!
(*^_^*)
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テーマ:自己探求 - ジャンル:心と身体

この記事に対するコメント
ゴール
僕は、気功(太極拳)を学んでいて、マハルシを知り、そのままのめり込みました。
そのため、マハルシの教えの「理解」を妨げる知識がありませんでした。
マハルシの教えがある程度、理解できるようになってから、いろいろな「教え」を知ることになりました。

もたらされた多くの「教え」によって、かなりブレさせられましたが、そのお陰で、今は、とても安定しています。

いろいろな教えを信じ、実践し続けるのか?
一人の教えを信じ、実践し続けるのか?

それぞれにとって適した方法を選択すれば良いのではないかと思います。
("⌒∇⌒")

大事なことは、マハルシが言われるように、必要な知識が身に付いたら、実践し続けること。(人体実験?)
(^_^;)

求めているゴールは同じだと思います。
お互い頑張りましょうね♪
\(^_^)/
【2014/04/13 21:19】 URL | ookuwa #cJKlNMNY [ 編集]


こんばんは

ゴミとは、言い過ぎたかな?(笑)

>「私」がとけ込む では、ないかもしれません。
>「消滅」も、ちょっと違うような気がしています。

そうかも知れないですね。
というのも、カタ・ウパニシャドの注釈には、「真我が
選んだ者のみが、アートマン(真我)に到達する」と
いう注釈があるから。これが神の恩寵という意味かも。
これは、マハルシ師の教えから逸れたかも(笑)

>釈尊は「絶対なる神(真我)」を否定されているようですので、
「解脱」と「真我が『私』にとけ込んだ状態」は、同じではない
かもしれません。

確かにそうかも知れない。
ラージャヨーガの経典、ニサルガダッタマハラジ師、ビヴェーカ
ナンダの説明には、「真我の獲得領域が異なる」と書かれている
から、到達したところ、その表現は、みな違うかも。
ギーターやウパニシャドには、「聖者はみな違うことを言う」と
書かれているし(笑)


「>マハルシの教え」を理解するためには、「釈尊の教え」を重ね
ない方が正しく理解できると思います。

それも大切ですね。
しかし、釈迦の教えとは、弟子への口伝であり、その記録が無いのです。
様々な仏典と言うのは、追従者の論文のようなもの。それらを僕は信じ
ません(笑)

様々な教え、その修練方法は、有為曲折あれど、「ただ一つなるものに
到達する」ということでしょう。

人体実験することが必要ですね(笑)





【2014/04/13 20:26】 URL | 裕二 #- [ 編集]

ゴミ
マハルシは、サムスカーラとヴァーサナをとても重要視していまして、最初、僕はそれをしっかり理解できませんでした。
(^_^;)

今は、これがすべてなんだって思うようになりました。

真我は、私たちをここに送り出すときに、サムスカーラを与えている。
だから、サムスカーラは、「私」の努力でなくしたり、捨てたりできるものではないんだって。

「私」と真我を隔てる壁がなくなると、真我が、「私」にとけ込んでくる。
「私」がとけ込む では、ないかもしれません。
「消滅」も、ちょっと違うような気がしています。

あと、僕は「SELF」を「真我」と訳していますが、良くないんじゃないかと思い始めています。
「真我」という言葉の意味は、ホントいろいろあって、マハルシの「SELF」と違っていることがほとんどです。
(^_^;)

「アルナーチャラの聖者」では、「自ら」と訳されています。
なぜ、「自ら」と訳されているのか、少し理解できるようになってきました。
今後は、訳さずに「SELF」と記そうか、ちょっと迷っています。
f(^_^;

あぁ、あと、釈尊は「絶対なる神(真我)」を否定されているようですので、「解脱」と「真我が『私』にとけ込んだ状態」は、同じではないかもしれません。

「マハルシの教え」を理解するためには、「釈尊の教え」を重ねない方が正しく理解できると思います。
("⌒∇⌒")
【2014/04/13 15:46】 URL | ookuwa #cJKlNMNY [ 編集]


サムスカーラとヴァーサナの違いに関する回答を有り難うございます。

どちらも捨て去るべき「ゴミ」だということですね。

そして、「私」の消滅は、真我の中に溶け込むことにより、消滅する
わけですね。

それゆえ、サマディーに突入しても、「私」を消滅させないと解脱に
至らない・・・なるほどそうだったのか・・・という納得です。

有り難うございました。


【2014/04/13 12:42】 URL | 裕二 #- [ 編集]

サムスカーラとヴァーサナ
おはようございます!

サムスカーラは、出生以前に後天的に得た傾向の種子で、チッタに蓄えられている。
ヴァーサナは、現世の心の習慣。潜在的な傾向、または、印象で、ハートの中に微細な形で蓄えられる
だそうです。
http://ookuwablog.blog94.fc2.com/blog-entry-60.html

サムスカーラは、出生以前。
ヴァーサナは、サムスカーラを種(元)として、出生後に得た潜在的な傾向。
ヴァーサナを一時的になくしても、サムスカーラがある限り、何度でもヴァーサナがあらわれる。
って、カンジですかねぇ。

ちなみに、二つとも、「私」がなくすことはできないそうです。
で、この二つをなくすと、「私」と真我の「境」がなくなる(真我が、「私」にとけこんでくる)そうです。

まぁ、僕は体験したことがないので、本当かどうかわかりませんが、マハルシの教えを信じて、前に進むしかないと思っています。
【2014/04/13 09:57】 URL | ookuwa #cJKlNMNY [ 編集]


ご無沙汰しています

今回の消費税アップは、強いデフレになるのかな?

また地球は、温暖化ではなく、すでに寒冷化に突入した
そうですね。そうすると気象変動が起こり、食料と水が
不足して戦争が始まる・・・?
https://www.youtube.com/watch?v=Xme4ubC6Hyo

日本は、世界最大の核燃料保有国だと言うことを知っていますか?
本当は、原子力発電は、国民を欺くためのものだそうです。

永田町の情報では、政府は、アメリカ、ドイツ、フランスから
大金をもらい、福島の被爆者を囲い込み、モルモット実験して
いるそうです。それゆえ福島や原発に無関心・・・

過日、アメリカは、日本政府に対し、使用済みのプルトニウ
300キロを返せと言った様子。それは、原発50発分だとか。

寒冷化、異常気象、デフレ、体内被曝、食糧難に加えて、
ハイテク機器による第三次戦争が始まるとは・・・

戦争と原発
https://www.youtube.com/watch?v=ymdaFXpCWTE



やはり、真我の中に逃げ込んだほうが良さそうですね。

ところで、教えてほしいのですが、
マハルシ師の言われた「サムスカーラ」と「ヴァーサナ」は、
どうちがうのでしょうか?ご存じなら、教えてください。






【2014/04/13 09:14】 URL | 裕二 #- [ 編集]

裕二さんへ
コメント、ありがとうございました。
また、無事に定年退職を迎えられたとのこと、ご苦労さまでした。
僕はまだ、真我にとけ込められないため、このままの状態を維持することにしました。
お互い頑張りましょうね!
(*^_^*)
【2014/03/27 18:45】 URL | ookuwa #cJKlNMNY [ 編集]

初めまして
僕もマハルシ師を崇拝しています。

僕が「私は誰か?」と自問したのは、小学一年の通学路でした。
なぜ自問したかといえば、輪廻転生の映像が現れたり、他界した
親族を観たり、会話したり、人の心と活動が瞬時に映像化したり
したこと。体外離脱した体験など。

子供ながらの瞑想でも、目の前に宇宙が舞っていて、すべてが
自分だという認識はあった。すべては、光の画像だとも理解した
小学一年生。

それらの意味を知るために、「私は誰か?」との自問でした。
それは、もう50年も昔のこと(笑)

私は誰か?の問いに対する内なる声は、いろいろと語ったけれど、
当時は意味不明だった。

ただ「如何なる想念も捕えるな」という教えは、今も鮮明な
記憶です。これは、小学一年生に理解できないこと(笑)

ずっと、真我体験の意味を知らず、ビジネスの世界に入り、
世俗の価値観に尺度を合わせたため、30代から、世俗へ
さまよい出たこと・・・

定年退職したいま、そろそろ真我に戻ろうかと思う昨今です(笑)
お互い頑張りましょう。





【2014/03/27 12:42】 URL | 裕二 #- [ 編集]


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Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2018.01.22 マハルシの年表
2016.03.13 Talksなどのまとめ
2014.12.22 マハルシの文献
2014.02.15 真我の探求方法



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