ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
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Talk 54 ラマナ・マハルシとの対話
<Talk 54 ラマナ・マハルシとの対話>
*2014年3月8日部分訳開始、2014年3月12日部分訳終了

***<前略>***

【マハルシ】
誰でも皆、「私はある」を知っています。
「私」が身体であるという混乱があります。
なぜなら、「私」が、絶対的なものから生じ、buddhi(知性)を引き起こします。
buddhiの中で、「私」は、身体の大きさと姿を見ます。
na medhayaは、Brahmanは、buddhiによって理解されることはできないということを意味しています。
 *GROSSARY:Brahman:至高の存在、絶対的なもの
Brahmanaham(「私-私」)→buddhi(知性)
どのようにして、そのようなbuddhiが、ahamを越えて、Brahmanを発見することができるのでしょうか?
それは、不可能です。
とにかく、身体である「私」という誤った概念を、乗り越えなさい。
誰に考えが生じるのか発見しなさい。
もし、現在の「私」という状態が、突然消滅するのであれば、発見は、完了です。
一面に残るものが、純粋な真我です。
深い眠りと目覚めた状態を比較しなさい。
多様性と身体は、ただ、後者の中でのみ見いだされます。
前者の中では、真我は、身体、または、世界の知覚なしに残ります。
そこでは、幸福が支配します。
Sruti vakyaAham Brahmasmi」は、心の振る舞い方ではなく、状態を物語ります。
 *GROSSARY:sruti:scripture:聖典
 *GROSSARY:Aham Brahmasmi:私は、Brahmanである
人は、mantraを繰り返して言うことを続けることによって、Brahmanになることはできません。
それは、Brahmanが、どこかよそにあるのではないことを意味します。
それは、あなたの真我です。
その真我を見つけなさい。Brahmanは、見いだされます。
いくらかのはるかかなたの所にあったかのようにBrahmanに達することを試みてはいけません。

***<中略>***

【質問者】
grihasta(世帯主)は、どのようにして、moksha(解放)の計画の中でやっていくのでしょうか?
 *GROSSARY:moksha:spiritual freedom:精神的な自由

【マハルシ】
あなたは、なぜ、あなたが、grihastaと考えるのでしょうか?
もし、あなたが、sanyasiとして出て行けば、同様の考え(あなたは、sanyasiであるということ)が、あなたの心を悩ますでしょう。
 *GROSSARY:sannyasi:苦行者、人生の第四段階に属する人
 *ウィキペディア:四住期
   1.学生期:brahmacarya
   2.家住期:garhasthya
   3.林棲期:vanaprastha
   4.遊行期:samnyasa
あなたは、世帯の中で続けようと、それを放棄して森林に行こうと、あなたの心は、あなたの心を悩まします。
自我が、考えの源です。
それは、身体と世界を創造し、あなたが、grihastaであるという考えをあなたに作り出します。
もし、あなたが世界を放棄すれば、それは、ただ、grihastaの代わりにsanyasiの考えを、世帯の環境を森林の環境に代えるだけでしょう。
しかし、心の障害物は、いつもそこにあります。
それらは、新しい環境の中で、さらに増大します。
環境の変化に助けはありません。
障害は、心です。
それは、家であろうと森林の中であろうと克服されなければなりません。
もし、あなたが、森林の中で、それをすることができるのであれば、なぜ、家の中ではできないのでしょうか?
従って、なぜ、環境を変えるのでしょうか?
あなたの努力は、今でもすることができます。たとえどのような環境の中でも、あなたは、することができます。
環境は、あなたの強い願望に従って、あなたを決して見捨てたりしません。
私を見なさい。
私は、家を出ました。
あなた方自身を見なさい。
あなたは、家庭環境を出て、ここに来ました。
あなたは、ここで、何を見つけますか?
これは、あなたが出たのと異なっていますでしょうか?
たとえ、人が、何年間も共にnirvikalpa samadhiに没入していたとしても、彼がそこから現れるとき、彼が束縛されていた環境の中で、彼自身を見つけるでしょう。
それが、アーチャーリャが、彼の優れた作品Viveka Chudamaniで、nirvikalpa samadhiよりむしろ、sahaja samadhiを強調している理由です。
人は、自発的なsahaja samadhiの中にあるべきです。つまり、それが、人の最も初期の状態の中にある。すなわち、すべての環境のさなかにあるです。

***<後略>***

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ookuwa

Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2018.01.22 マハルシの年表
2016.03.13 Talksなどのまとめ
2014.12.22 マハルシの文献
2014.02.15 真我の探求方法



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