ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
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Talk 42(独り言)
<Talk 42(独り言)>

Talk 42

【意識の閃光を得るためにはどうすればよいのか?】
得られるものは、いつか失う。
真我(意識の閃光)は、常にそこにあり続けていて、得られるものではない。
真我を覆っている障害物を破壊すれば、真我はあらわになる。

【意識の閃光を維持するためにはどうすればよいのか?】
維持されるものは、いつか維持できなくなる。
真我(意識の閃光)は、常にそこにあり続けていて、維持されるものではない。
真我にとけ込めば、意識そのものであり続けられる。

【意識の閃光を広げるためにはどうすればよいのか?】
広げられるものは、狭められる。
真我(意識の閃光)は、常にそこにあり続けていて、広げられるものではない。

【このような体験の中で実践し続けると隠遁を引き起こすのか?】
隠遁を引き起こさない。
真我の中にとどまることは、世間を離れて一人でいること。
ただし、とどまり続けることができるようになったとき、一つであり続けられるようになったとき、対象である世間はなくなる。
初期の段階では、物理的な隠遁は、助けとなる。
段階が進むと、物理的な隠遁は必要なくなる。
Abhyasa(実践)は、「私」という思考の源を探り求め、そこにとどまり続ける努力をし続けること。

世間を離れて一人でいるとき、真我の中にとどまる実践を繰り返すことは、効果があると思う。
ただ、世間に戻ったとき、真我から飛び出してしまっては意味がない。
この世に生まれてきたということは、この世の試練を受けながら真我にとどまり続けられるようになりなさい ってことだと思う。
 *かなり難しい。。。
なので、心が強くなるまで、ときどき世間を離れることは必要なことで、隠遁し続けることは必要でない。
真我をあらわにし続けるのは、「今、ここで」 かな?
(*^_^*)
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テーマ:自己探求 - ジャンル:心と身体

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Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2018.01.22 マハルシの年表
2016.03.13 Talksなどのまとめ
2014.12.22 マハルシの文献
2014.02.15 真我の探求方法



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