ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
Talk 286 ラマナ・マハルシとの対話
<Talk 286 ラマナ・マハルシとの対話>
*2013年1月14日部分訳終了

【質問者】
なぜ、私たちは、好きなだけずっとsushuptiにとどまることができないのでしょうか? 目覚めの状態と同じようにその中に自由意思でいることもできないのでしょうか?
 *GROSSARY:sushupti:dreamless sleep:夢のない眠りの状態

【マハルシ】
Sushuptiは、この状態でもまた途切れることなく続きます。
私たちは、いつもsushuptiです。
それは、意識して入らなければならなず、この真の状態で本当に理解されなければなりません。
そこに入ること、または、来ることは、現実ではありません。
それに気付くことは、samadhiです。
 *Talk 26・29:samadhi:注意をそらされていない心、真我から引き離されていない心
無知な人は、sushuptiに長くとどまることができません。
なぜなら、彼は、そこから現れる生まれつきの性質によって強いられるからです。
 *nature:生まれつきの性質→samskara:生まれながらの傾向?
彼の自我は、死んでいません。それは、再び湧き上がるでしょう。
しかし、賢明な人は、その源でそれを破壊することを試みます。
それは、生まれつきの性質、すなわち、prarabdhaによって促され、彼もまた何度も何度も湧き上がります。それは、Jnaniにもajnaniにも。自我は、外へ芽を出します。しかし、この相違点は、すなわち、それが湧き上がるときのajnaniの自我は、その源をまったく知らないか、彼は、夢見とjagratの状態で、彼のsushuptiに気付いていません。ところが、彼の自我が湧き上がるときのJnaniは、いつもその源で、彼のlakshya(達成すべき目標)を保持しながら、この自我とともに彼の超越的な体験を楽しみます。
 *GROSSARY:prarabdha:この世で、終わりまで勤め上げる人の行為の一部
  *Talk 30:fate:運命(しばしば不本意な結末になる)
  *Talk 31:destiny:宿命(時に望んだとおりの結果になる)
 *GROSSARY:Jnani:真我を実現した賢者
 *GROSSARY:ajnani:真我を実現していない人、無知な人
 *GROSSARY:jagrat:目が覚めている状態
この自我は、危険ではありません。それは、燃えたロープの残骸のようです。この形の中では、無力です。
私たちの源で、私たちの達成すべき目標を絶えず保持することによって、私たちの自我は、大洋の中の塩人形のように、その源の中でとかされます。

***<中略>***

【質問者】
実現は、どのような方法で可能になるのでしょうか?

【マハルシ】
火花が、火から続くから絶対的な真我があります。
火花は、自我と呼ばれます。
無知な人の場合、その発生と同時に客体とそれ自身と同一視します。
客体とのそのような関わりから独立してとどまることはできません。
この関わりは、ajnana、または、無知で、破壊は、私たちの努力の長期にわたる達成可能で遠大な目標です。
 *GROSSARY:ajnana:ignorance:無知
もし、その具体化する傾向が、消滅させられると、純粋なが残り、その上、源の中に吸収されとけ込みます。
身体との誤った同一視は、dehatmabuddhi(「私は、身体である」という想念)。
これは、良い結果が続く前に、なくならなければなりません。

【質問者】
どのようにそれを根絶すればよいのでしょうか?

【マハルシ】
私たちは、身体と心に関わらずsushuptiで存在します。
しかし、他の二つの状態では、私たちは、それらに関わります。
もし、人は、身体とともにであるなら、どうすれば、私たちは、sushuptiで身体なしに存在することができるのでしょうか?
私たちは、私たちに対して外的であるものから、私たち自身を引き離すことができ、私たちと一つであるものから引き離すことができません。
従って、自我は、身体と一つではありません。
これは、目覚めの状態で本当に理解されなければなりません。
Avasthatraya(目覚め、夢見、夢のない深い眠りの三つの状態)は、この見解を得ることのためにのみ学ばれるべきです。
その純粋さの中での自我は、二つの状態、または、二つの思考の間の合間に体験されます。
自我は、別の一つのものをつかんで初めてその足場を去る毛虫のようです。
その本質は、それが、客体、または、思考と接触していないときに見いだされることができます。
Avasthatraya(意識の三つの状態)を学ぶことによって得た確信とともに、この合間を本当に理解しなさい。

***<後略>***

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Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2018.01.22 マハルシの年表
2016.03.13 Talksなどのまとめ
2014.12.22 マハルシの文献
2014.02.15 真我の探求方法



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