ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
TALKS 出版!
121127_talks

ラマナ・マハルシとの対話(TALKS)」発刊されます!
早速、amazonで予約しましたぁ!

シリウスさんのブログから転記!

12月4日発刊
全国の書店に並ぶのは10日頃の予定。
翻訳は御馴染み福間巌氏、出版社はナチュラルスピリット。
全3巻。
1、版型は 四六版
2、3冊揃ってではなく、1冊づつ刊行
3、順次刊行予定ですが、間隔は「1~2カ月おき」を 検討中

原題は「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI」

通称 TALKS と呼ばれ、アシュラムにとっても「聖典」扱いされている第1級、いや超1級の資料。

1935年から約4年間にわたり(ほぼ毎日・・は言い過ぎにしても)、オールドホールでの「ラマナと訪問者との間に交わされた問答」を克明に記録した書物。

数々の書籍や写真集などで「ラマナの言葉」が引用されるときも、「出典はこの本からであるケース」がかなり多い。

絶版となった「南インドの瞑想」(大陸書房刊)の中で「ごく一部」のみ翻訳されたが(監修はおおえまさのり氏)、「完全翻訳版」はこれが初めて。

翻訳はおなじみ福間巌氏なのだが、現地に長期在住の日本人数名が全原稿に眼を通して協力した作業でもあり、「かなり精密な翻訳内容」が期待される・・・・・(下記参照)

【出版関係者から】
あらゆる面で、レベルの大変高い仕上がりとなりました。
内容的にヴェーダーンタ哲学の学者にとっても受け入れられ、マハルシを初めて知る方にとっても分かりやすい翻訳となっています。
長期にわたって愛され、読み継がれて行く本になると思います。

<12/6追記>
発売が少し延びたみたいです。
12月15日!
amazonで第1巻を3冊頼んじゃいました!
ボロボロになるまで何度も読む用、保管用、後に必要とされる人に譲る用。
「不滅の意識」、「ラマナ・マハルシの言葉」なんかも、同じようにしてます!
まぁ、ということは、3巻×3冊=???
お金が。。。
(T_T)トホホ

<12/9追記>
8日にシリウスさんのところに出版関係者から第1巻の進呈が!!!
初版発行の日付が、12月29日になっていて、アシュラムへの献呈を今年のラマナジャンティ(聖誕祭)に合わせたためだそうです。

121127_お台場

お台場2
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テーマ:自己探求 - ジャンル:心と身体

この記事に対するコメント
ありがとうございます!
蓮★ゼロ意識共鳴レビューさん

迅速に対応していただきありがとうございました!
とても良いブログを書かれていますね!
転記は、まったく問題ありませんので、転記元だけ記載していただければいいですよ!
僕のつたないブログが、少しでもお役に立てるのであれば、本当にうれしいです!
今後もよろしくお願い致します!
m(_ _)m
【2012/12/06 10:06】 URL | ookuwa #- [ 編集]


このたびは
転載の件・・大変失礼いたしました。

いつも 「TALKS」を 訳していただき
大変ありがたく 精進の糧とさせていただいております。

当方 本日付けにて 再度 掲載させていただきましたので
どうぞ ご確認下さいませ。
・・・すみません。また 事後のお伺いになってしまいました。
お許しください。

今後とも どうぞよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

蓮  http://ameblo.jp/hikari33333/
【2012/12/06 09:22】 URL | ありがとうございます。 #- [ 編集]

ありがとう!
アニマさん

タミル語の語学書の紹介、ありがとうございます!
以前、「アシュラムに行きたい」という願望がとても強かったのですが、どこにいても同じなので、「まぁ、どちらでもいいかな」と。
が、最近、「やっぱり行きたい!」と思うようになりました!
そのとき、役に立つかもしれません!
将来に備えてゲットしておきます!
m(_ _)m

マハルシの教えは単純ですし、マハルシは、おそらく小難しい理屈をこねたりしなかったんじゃないかって思っています。
Talksに記載されている詳細な理屈は、ムナガーラさんが付け加えたんじゃないかって?
まぁ、「表」になっているところは、間違いなくムナガーラさんの作ですね。
以前にも書いたと思いますが、マハルシが伝えようとした「体験談(教え)」をある程度理解できるようになったら、実践あるのみです。
僕は、「知識の道」という日本語訳は、あまり好きではありません。
それは、頭で理解すれば、何とかなるようなイメージがあるからです。
知識をむさぼるのは最初だけで、あとは実践をコツコツ続ける。
ただ、実践するときにしなければならないことがあります。
それは、「欲をできる限り手放す」ということです。
「源」に集中し続けることで、欲は自然に減少します。
それを待てばいいのですが、より良く集中するために、意識的に欲を手放すんです。
この「欲」には、いろいろありますが、自分がどうしても手放せないと感じている欲はそのままにして、それ以外をすべて手放すんです。
いろいろな人との触れ合いの中で感じたのは、この道に進もうとする人は、「知識欲」とか、「プライド(含む:スピリチュアルエゴ)」が強い人が多いように思います。
「いろんな聖者の教えを知っていることが、すべてに精通している」みたいな、そういうカンジの人が多いように思います。
「本物の教え」を見つけたならば、よそ見せず、知識欲を拡大させることなく、欲を手放しながら実践し続ける。
どうしても手放せない欲は、できる限り少なくしていく(少欲知足)。
それが、とても重要なことだと思います。

「考える」と源を感じることができなくなります。
「感じる」と考えることができなくなります。
盲目的に信じる、感じることは、良くないと思います。
シリウスさんに教えていただきましたが、「ジニャーナなきバクティは、狂信を生む。バクティなきジニャーナは、ただの知識となる」(柳田先生も同じこと言われていたそうです)。
考えるだけじゃ良くなく、感じるだけでも良くない。
必要最小限の知識でもって、実践し続ける、それが、最短の道なんじゃないかって。
(*^_^*)
【2012/12/02 01:25】 URL | ookuwa #cJKlNMNY [ 編集]


29 内に向けられた心で、「私」という言葉を発することなく、内部に「私」の源を捜し求めることが真の知識の道である。「私はこれではない、私はそれである」と瞑想することは、補助物であるかもしれないが探究ではありえない。

↑ありがとうございます。簡潔なんですね。それに、様々な道の中の「知識の道」という意味合いがあったんですか。

タミル語には興味がないのですが、先月、下の語学書が出たとき、ふと目を引きました。もしかしたらookuwaさんは何かを訳したり、伝えたりする役割がある人かもしれないので、お礼にお知らせしておきます(お礼になるのかなあ?余計なことかもしれないし……。それに、このブログを閲覧している人の中に、タミル語が必要な人もいるかもしれないので、いいですよね)。そのシリーズは薄くても、重要な文法はしっかり押さえてあるそうです。

ニューエクスプレス タミル語
http://www.hakusuisha.co.jp/detail/index.php?pro_id=08615

ラマナやアドヴァイタを知ったのは比較的最近のことです。ookuwaさんが告知してくれたおかげで、Talksというものがあることも分かりました。実践が大事とはいえ、どう実践したら良いのか手探り状態でした。情報提供に感謝しています。
【2012/12/01 18:52】 URL | アニマ #VZiClzgk [ 編集]

Re: 四十頌からなる実在
アニマさん、お待たせしましたぁ!

柳田先生の「ラマナ・マハルシの言葉」の「29」は、以下のように記載されていました。

内に向けられた心で、「私」という言葉を発することなく、内部に「私」の源を捜し求めることが真の知識の道である。「私はこれではない、私はそれである」と瞑想することは、補助物であるかもしれないが探究ではありえない。

マハルシの教えの本に精通している人から、「英語は、間違いが多いため、タミル語かサンスクリットを訳した方が良い」と言われました。
「ラマナ・マハルシの言葉」は、先生がインドに滞在しているときに書かれたもので、確か、タミル語かサンスクリットの原本を参照されていたと思います。
ただ、この本、校正が十分でないため誤記がけっこうあり、先生、とても悔やんでいました。

マハルシは、同じことを繰り返しお話しされています。
なので、同じようなお話しのところは、そのように理解すれば良いのではないかと。

私は、「話すことをやめ、内にもぐった心で、『私』という思考が生じるところを注意深く探りなさい」と理解します。

Talksの翻訳本、とっても楽しみなのですが、新たな「教え」は、もうないのではないかと思っています。
直訳作業を行うことより、「私」の源を感じ続ける時間を少しでも多く持つべきではないかと。

源を感じ続けることにより、その入り口の境が希薄になり、「私」が源に没入し、そして、跳び出す。
これを何度も何度も繰り返していると、いつしか源に魅了され、没入し続けられるようになる。
没入し続けていると、「私」と源の境が希薄になり、源にとけ込み、そして、境が生じ、分離する。
これを何度も何度も繰り返していると、いつしか、真我と一つになれるのではないかと感じています。

まぁ、いつになるのかわからりませんが、毎日コツコツですね。
(;^_^A
【2012/12/01 12:05】 URL | ookuwa #cJKlNMNY [ 編集]

了解しました
了解しました。無理言って申し訳ありませんm(__)m

都合がつきましたら、また色々教えてください。
【2012/11/30 18:28】 URL | アニマ #VZiClzgk [ 編集]

四十頌からなる実在
アニマさん

すみません。
m(__)m

子供の部活は一段落したのですが、年末作業や選挙で、仕事がむちゃくちゃ忙しく、直訳もできない状態が続いています。
時間に余裕ができましたら、調べてみますので、今しばらくお待ちください。
m(__)m
【2012/11/30 02:43】 URL | ookuwa #cJKlNMNY [ 編集]

写真
Who‐kuちゃん

そうです!
ホテルの部屋から見たゆーやけです!
ためになるお話しをいっぱいしていただき、本当にありがとうございました!
また、いろいろと教えてくださいねぇ~
("⌒∇⌒")
【2012/11/30 02:38】 URL | ookuwa #cJKlNMNY [ 編集]

四十頌からなる実在
Talkにはラマナの作った詩も含まれているのでしょうか?

ちょっと前に、行法部分だけ訳したことがあるのですが、疑問があります。shibaさんのを参考に、他の聖者のラマナ解釈も参考にして自分なりに訳してみたのですが、海外のサイトの英文にはタイプミスがあるのではないかと……。私の考え違いかもしれないのですが、ちょっと気になるところです。

四十詩節で、問題の部分に関係する所を訳します。まずは詩の方です。

28.
Just as a diver in the water sinks
To seek a treasure hidden in its depths,
So must you dive into the Heart itself.
With breath and senses equally controlled
Find out wherefrom the ego has its birth,
With vigilant and introverted mind.

ちょうど潜水夫が水中でその深みに隠された宝を探すために沈むが如く、あなたはハート(核心部)そのものの中へ没入しなければならない。同様に制御された呼吸と感覚、注意深い内向きの心でもって、自我がその起源を有するのは一体どこからなのか見つけ出しなさい。

29.
'Tis not by constant muttering 'I', 'I',
But diving deep and seeking out the source
Of the 'I-thought'; this is the real quest.
Such thoughts as 'This I am not,' 'I am That,'
Are but a means to help one on the quest.
Can such things of themselves make up the quest?

それは(28の方法は)、「私」、「私」と絶え間なく呟くことによってではなく、深く潜り、「私(主体)たる思考(客体)」の源を探し出すことによってなされる。これが真の探求である。しかし、「私は『これ』ではない」、「私は『それ』である」といった思考も、探求上の助けとなる一つの手段ではある。(とはいえ、)そのような行為が独りでに探求を達成させるものだろうか?(いや、達成させることはない)

30.
Search in the mind by the quest of "Who am I?"
And this way reach the Heart. That moment come,
The ego will fall down and in its place
The one 'I-I' will instantly appear.
Yet this is not the ego but is found
To be the blazing of the Absolute.

(だから、)「私とは何者か?」という探求によって心の中を探索しなさい。そうすれば、この方法がハートに至らしめる。自我は崩れ落ち、その場所に一なる「私(主体)たる私(客体)」が即座に顕われる“あの瞬間”が訪れる。だが、これは自我ではなく、絶対者の光り輝いている様(さま)であると認められよう。

そこまではだいたい良いと思います。問題は散文の方です。上の詩と同じことが散文の英語でも書かれていますが、対応部分の28と29は、詩と微妙に違っていて、そこが問題なのです。該当部分をshibaさんのを参考にしつつ、自分なりに直訳してみます。

28.
Controlling speech and breath, and diving deep within oneself -- like one who, to find a thing that has fallen into water, dives deep down -- one must seek out the source whence the aspiring ego springs.

言葉と呼吸を制御しつつ、自分自身の内部へ深く潜りながら――水中に落ちた物を見つけようとする者が潜水するように――強い願望を持った自我が飛び出す源を捜し求めなければならない。

問題というのは次の29番の第一文目の「mind whence」の訳です。たしかに、海外のインターネットのサイト(Collected Works of Sri Ramana Maharshi)にも「mind whence」と記述されていますが、紙に印刷された原文にはこのmindとwhenceとの間にカンマが入っているのではありませんか? つまり「mind, whence」と原文には書いてあるのではないかと勝手に想像しているんです。なぜなら、カンマが入れば詩の訳と散文の訳とがほぼ一致するからです。

29.
Cease all talk of ‘I’ and search with inward diving mind whence the thought of ‘I’ springs up. This is the way of wisdom. To think, instead, ‘I am not this, but That I am,’ is helpful in the search, but it is not the search itself.

(カンマを入れた場合の訳=私の勝手な想像)
「私」についての全てのお喋りを止め、どこから「私」という思考が飛び出すのか、内部に沈む心を用いて捜し求めなさい。これが賢明な方法である。「私はこれではなく、私は『それ』である」と代わりに思うことは、探求の助けにはなっても探求それ自体ではない。

(カンマを入れないままの場合の訳)
「私」についての全てのお喋りを止め、「私」という思考が飛び出す内部に沈む心を用いて捜し求めなさい。これが賢明な方法である。「私はこれではなく、私は『それ』である」と代わりに思うことは、探求の助けにはなっても探求それ自体ではない。

柳田さんの『ラマナ・マハルシの言葉』の「第六章 四十頌からなる実在」ではどう訳されているのでしょう?
【2012/11/29 23:18】 URL | アニマ #VZiClzgk [ 編集]

写真ステキ!
ookuwaさん、東京出張、お疲れ様。

ookuwaさんのお陰で、すごく勇気づけられました。ありがとうございます。

ホテルの部屋からの景色でしょうか。お台場の大観覧車がキレイ! 
【2012/11/29 22:22】 URL | Who‐kuちゃん #- [ 編集]


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Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2018.01.22 マハルシの年表
2016.03.13 Talksなどのまとめ
2014.12.22 マハルシの文献
2014.02.15 真我の探求方法



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