ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
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Talk 28(独り言)
<Talk 28(独り言)>

Talk 28

難解な?英文が多く、直訳、たいへんでした。。。
福間さんたちもきっとかなり苦労されたんじゃないかと。。。
(^_^;)

Talksの元原稿は、ムナガーラさんのメモ書き。
直訳していて思ったのですが、読みやすい日本語に意訳するんじゃなく、元がメモ書きなんだから、メモ書きっぽく直訳した方が正しく伝えられるような。。。
ということで、今回もよりわかりにくい日本語訳にしてしまいました。。。
(;^_^A


【問い】
思考と呼吸の関係は?

呼吸と思考は、粗雑な身体に依存する。
呼吸(生命活動)を抑制すると思考も抑制される。
思考を鈍化し、一点にくぎ付けすると、呼吸が鈍化され、規則正しくなり、生命活動も抑制される。
「一点」は、神やマントラでも良いと思いますが、「私」という思考の源がもっと良いと思います!
「思考は、一つの肉の身体からもう一つへ命を運ぶ」
これは、輪廻のことを言っているのか、粗雑な身体から微細な身体のことを言っているのか?
よくわかりません。。。


【問い】
集中と気を散らすものを解き放つための助けは?

思考と粗雑な身体は依存しているので、食べ物は、刺激がない方が良い。
一つの事に関心を持ち、そこに心を固定(集中)すると、気を散らすものが解き放たれる(平静)。
一つの事は、「私」という思考の源がベストだけど、神やマントラでも良い。
神やマントラをよく理解し、その中に吸収されると「力」を得る。
この「力」とは、心を内に向かわせる力のこと?


【問い】
vasanaを解き放つことができるか?

過去から受け継がれた傾向「vasana」は、「消し去らせる」ことができる。
「私」という思考の源に集中し、源にとけ込ませてもらえれば、vasanaは消える。
 *私(自我)の意志で「消し去る」ことはできない


【問い】
「私」が錯覚であれば、誰が錯覚を解き放すのか?

「私」は、真我であり錯覚(幻)ではない。
ただ、身体と同一視している「私」は、錯覚。
手放せるものには限界があって、vasanaは、弱らせることはできても手放すことはできない。
手放せるものすべてを手放すと、「真の私」が残るので、それにすべてを委ねると、錯覚が完全に解き放される(「真の私」によって、vasanaが解き放たれる)。
まぁ、何と言うのか、「真の私」が、錯覚である「私」にvasanaをくっつけたのですから、これをなくすことができるのは、「真の私」だけってことは理解できるのですが、
「なぜ、こんなもんつけるんだぁ!」
とつぶやいてみたくなったりして。。。
(;^_^A
神やマントラは、ただ祈る(唱える)んじゃなくて、それらの中に吸収されるよう祈る(唱える)ようにした方が良い。
探求も祈りも唱えるも、一生懸命(熱心に)続けないといけない。


【問い】
師・神が、真我を実現するための力を与えてくれないか?

師・神は、とても強力な助け。
でも、助けは、あくまで助け。
また、この道を歩むのに多くの助けは必要ない。
道が示されても、途切れなく続く努力がなければたどり着くことはできない。
一生懸命努力(実践)し続けること、それが、とても大事なこと。


【問い】
心理学、哲学などの勉強は、役に立つのか?

ほんの少しだけ役に立つ。
本から学んだ知識は、どれも大いに役立つことはない。
実在として一つである状態の直感的な理解は、感情(感じること)と似ていて、師とその教えの実践を必要とする。
真我に吸収されとけ込んだ後、すべての知的な積み荷は、役に立たない重荷で、捨て荷として投げ捨てられる。


【問い】
幸福は、何?

絶対的な・永遠の幸福は、客体の中では存在せず、絶対的なものの中で存在する。
苦しみと喜びから自由な安らぎ、中立の状態。


【問い】
幸福は、私たちの本性?

私たちの本性(生まれつきの性質)は、完全な至福。
完全な至福・安らぎは、真我にある。
ただ存在し、意識しているだけ。
真我実現とは、真我に吸収されとけ込むこと。


【問い】
なぜ、神は、悲しみと悪でいっぱいな世界を繰り返すのか?

神の意志は、計り知れない。
すべては、神のおぼしめし?
神にすべてを委ねる。
委ねた「私」の行為は、神の意志。
喜びも苦しみも、神の意志。
委ねてしまえば、それらのことを思い煩うことはなくなる。
神は、すべての重荷を支え、私たちに安らぎを与える。

苦しみ、痛み、悲しみは、できれば、ない方がいい。
うれしことが起きたとき、喜び過ぎない。
悲しいことが起きたとき、悲しみ過ぎない。
安らぎは、中立の状態。
生まれてきた理由の一つは、精神・物理的刺激に対し、反応し過ぎないようになるため?
すべてが過ぎ去る景色のように、表層(粗雑な身体の世界)を眺められればいいんだけど、なかなかそうはいかない。
あらゆる刺激に反応しなくなるのが良いことであれば、
「引きこもって、できるだけ人や物と接触しないようにして、ただ生きれば良い」
ではないみたい。
物理的(粗雑)な身体を与えられた状態で、一生懸命生き続ける。
目覚めの状態(粗雑な身体)と夢見の状態(微細な身体)は、ともに、有限ではかない世界。
目覚めと夢見の「合間」を感じ続けられれば、中立の状態(安らぎ)を維持しやすくなる。
いろいろな現象(刺激)に対し、深層(合間・安らぎの状態))から表層に飛び出さなよう、いつもよく気を付ける かな。
(*^_^*)
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ookuwa

Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2018.01.22 マハルシの年表
2016.03.13 Talksなどのまとめ
2014.12.22 マハルシの文献
2014.02.15 真我の探求方法



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