ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
五感の扉(続き)
「五感の扉」の続き。

月に1回、知り合いのおじいさんの自宅にお伺いして、気を送っているのですが、プチ気付きが!

気を送るとき、いつもは、焦点を合わせます。
ピンポイントで送った方が、気の出方が良いと思っていたからです。

眼の焦点をなくすと、眼の扉が開き、「源」があらわになります。
手の焦点をなくしてみたところ、手の扉が開きました。
で、続けてみたところ、手を感じなくなり、眼も、頭も、そして、身体も。
影のようになった身体に、「源」だけがあり続けている。

あぁ、、、なんだぁ、そういうことかぁ、、、 って。
(;^_^A

「マハルシの教え」のどこかに書いてあったような。。。
頭で理解しただけでは、やはり、イマイチ。
こうやって体験してみると、理解が深まります。
理解が深まると、刻み込まれます。
それが、当たり前になり、そのことについて考えたり、思ったりしなくなり、「源」をさらに感じやすくなります。

あれこれ考えたり、思ったりし過ぎると、それが、「源」の覆いに。。。
あれこれの欲をできるだけ手放し、手放せない欲は、手元に置いて、「私」という思考の「源」だけを感じ続ける。
仕事をしていても、リードを削っていても、子供に怒っていても、妻に怒られていても、いつも、源を感じ続ける。

「マハルシの教え」、簡単そうで、けっこうたいへんです。
(T_T)トホホ

「源」だけになれても、「私(個)」は、あります。
見る者を見続けたとき、見る者だけになりますが、「私」は、あります。
「没入」しただけでは、「私」はなくなりません。
すぐ、出てきてしまい、いつも通りに。。。

「私」が、「源」にとけ込むことはできないそうです。
「源」が、「私」をとけ込ませてくれたとき、「私」はなくなります。

覆いがなくなったとき、扉がすべて開かれ続けたとき、突然、吸い込まれるように、とけ込んでしまうのではないかと。

「私」がなくなると、身体は、どうなのるのか?
分離がなくなったとき、身体を維持できるのか?

そうなったことがありませんので、まったくわかりませんが、おそらく、身体はなくならないのでしょう。
な~んとなく、そう感じます。
(*^_^*)

テーマ:自己探求 - ジャンル:心と身体

五感の扉
shibaさんの「アルナーチャラの聖者」、情報量がものすごすぎて、しっかり読んでいなかったのですが、「メルセデス・デ・アコスタ」、いやぁ、よかったです!

とても長い文章だったのですが、僕が気に入ったのは、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼は言いました。「いつバガヴァーンがサマーディから出てくるのか決して分かりません。彼が出てくる時、きっと彼は喜んであなたを見るでしょう。その瞬間、彼のそばに座っているほうが、あなたのためになるでしょう。」

私はバガヴァーンの近くへ進み、彼の足もとに座り、彼に顔を向けました。ガイの言うとおりでした。この後間もなく、バガヴァーンは眼を開きました。彼は頭を動かし、私を直接見下ろし、彼の眼は私の眼の中を覗きました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここだけです。
(;^_^A

「彼の眼は、私の眼の中をのぞきました」

ここを読んだとき、僕の目の前にマハルシが現れ、僕の眼の中をのぞかれたような感覚が。。。
で、突然、ハートが開き、涙が。。。

焦点という壁がなくなり、眼が開き、その奥だけになる。
眼の奥とハートの奥がつながっている?

あぁ、焦点が合っているとき、眼の扉が閉じていて、焦点がなくなると、眼の扉が開き、その奥にあり続けている「源」があらわになる。
ハートの中にある「源」と、眼の奥にある「源」は、同じで、ハートの扉が開くとあたたかい「何か」があふれ出し、眼の扉が開くと涙があふれ出す。

新しい発見でした。
眼とハートは、リンクしているようです。

おそらく、五感すべてがハートとリンクしているのでしょう。

閉ざされている五感の扉を開く方法を理解できたような気がします。
(*^_^*)

マハルシが、粗雑な身体を維持しているときに、僕が、彼女のような体験をしたらどうなっていたのか?
おそらく、彼女のような質問は、し続けなく、眼の中をのぞかれたとき、眼の扉を開いたまま、マハルシの眼の奥を感じようとするのではないかと。

「見るものを見る」

見るものを見続けたとき、見るだけになり、吸い込まれるように、そのままとけ込んでしまいそうです。
戻ってこれるのかな?
戻ってこれないかも。
まぁ、いいか。。。
(;^□^)あはは… 

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アルナーチャラ・ラマナ
表紙(帯付き)540

昨日、帰宅したところ、amazonから届いていましたぁ!

早速開封し、本を手にとって、帯の

「おおラマナ、あなたとは一体誰なのですか?」
「私はすべての生きとし生けるもののハートに宿るアルナーチャラ・ラマナである」

を読んだところ、涙があふれ出してきました。。。
で、表紙のマハルシとアルナーチャラをじっと見つめていると、至福があふれ出してきて、、、

あぁ、なんて良い本なんだ。。。 (T_T)

ぺらぺらとめくってみたところ、真ん中あたりのページで、、、
「ただ静かにしていなさい。後は私にまかせなさい」 私に任せなさい



で、また、(T_T) が。。。

とても良い写真とお言葉が、これでもかぁ!!! と散りばめられていて、

とどめは、「謝辞」です。。。

「本年十周年を迎える元日本ラマナ協会会長、故柳田侃先生の御霊にこの書を捧ぐ」

号泣でした。。。
あぁ、泣いた泣いた、ホント、泣きました。

福間さん、お会いしたことはございませんが、心からお礼を述べさせていただきたいと思います。


ありがとうございました。


柳田先生のご意志は、私たちの中に流れ続けており、それぞれが、それぞれのできる範囲で、それぞれのペースで、たんたんと続けられています。
柳田先生、私たちをここまで導いてくださり、本当にありがとうございました。
柳田先生に一歩でも近づけるよう、さらに感じ続けていきたいと思います。

表紙(見開き)540

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善悪の彼岸
141119_やまと温泉.jpg


先日、「マハルシの教え」のご質問をいただき、僕なりの考えを述べさせていただいたのですが、こういう質問は、ホント、いいですねぇ~
僕の思っていることを伝えようと、あれこれ考えていると、ハートがとてもあたたかくなり、思考が停止し、まったり。
あたたかい部屋で、窓から差し込む日差しが、先日いただいたゆりの花をきらめかせ、あぁ、なんとも良い景色。
ゆりに、君はとてもきれいだよ。 とささやくと、ゆりがこっちを向いてにっこり。

どこか遠くにあるのではなく、今ここにある。
良いことと良くないこと、その先に、あり続けている。
良くない思いは、良い思いを覆い隠し、良い思いは、「私」を、その源に引き戻す。
いつも良い思いをいだき続けられるよう、気を付けないといけませんねぇ。
(;^_^A

そうそう、12月19日に新刊が出ました!
「アルナーチャラ・ラマナ 愛と明け渡し」
シリウスさん、いつも貴重な情報を教えていただき、ありがとうございます!
そして、福間さん、本当にありがとうございます!
今日、届く予定です!
(*^_^*)

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ハートの扉が開くとき
100608_大王わさび農場1

子供の音楽活動のサポートが激務!で、欲の渦の中でもみくちゃになり、身心ともに疲労困憊です。。。
直訳、まったくできません。。。
(T_T)トホホ

先月末、おば(母の妹)が粗雑な身体を去り、いろいろな思いが僕の中を駆け巡りました。
焼かれ、残った骨をじっと見詰め続けていると、ホント、はかないなぁ と。。。
(^_^;)

先日、妻の父の2周忌でした。
2009年に急性骨髄性白血病で余命3カ月を宣告されたのですが、なんとか寛解。
が、3年後に。。。

法事と子供のイベント(科学館で演奏)が重なってしまい、いろいろと考えた末、私たちは法事で、子供は演奏。
午前中に法事が終わり、急いで、科学館へ。
科学館での演奏終了後、子供を連れて妻の実家へ。

これまで撮りためたビデオを見て、その後、子供がおじいちゃんのために演奏を!
R.シューマンの3つのロマンス、とっても良い演奏でした。
(*^_^*)

実家の猫ちゃんが、数日前から不調とのことで、姪っ子が、とても心配していました。
どれどれ、と様子を見に行くと、押し入れの奥から出てきません。。。

遠隔で気を送ったところ、それを見ていた姪っ子が、「私も、気を送れるようになりたい!」と。

そこで、姪っ子に、猫ちゃんをイメージして、それを両手ではさんで、ってカンジで、気を送る方法を教えつつ、姪っ子の身体を通して気を送ってみました。
5分ほど送っていたところ、姪っ子が突然、「涙が出てくる」と。

ん? と思い、引き続き気を送り続けていると、「悲しくもないのに涙が止まらない」と。
あれ? えっ??? って思い、様子を見てみると号泣寸前。

みんなが、どうしたの? なになに? みたいに騒ぎ始めて。。。

気を送るのをやめて、観察してみると、身体中から、なにやら溢れ出ていて、「右胸が熱い?」って聞くと、「そう」と。

あぁ、ハートの扉が開いたんだ って、気づくの遅すぎ。。。
(^▽^;)

姪っ子が落ち着いた後、僕のハートの扉を大きく開いて気を送ってみたところ、また、泣き始めて、あぁ、間違いないなぁ と。
*僕の手から出る「気」は、実は「気」じゃないです。。。
姪っ子の、泣きはらした目、とてもきれいでした。

とりあえず、妻の妹と姪っ子に、何が起きたのか、できるだけわかりやすく説明し、「明日になればおさまるけど、いろいろなことに敏感になっちゃうかもしれないから、なにかあったら連絡してね」と。

姪っ子、いつもとても明るいのですが、いろいろあって、心が何度も折れかかっていました。
猫ちゃんのこと、おじいちゃんのこと、いろいろな思いが、姪っ子の心の覆いを希薄にし、ハートに戻ったところに、僕のハートから溢れ出した「至福」が、扉を開けるきっかけになったみたいです。

物欲が一時的になくなり、心の覆いが希薄になり、心がハートに戻ったとき、ハートの扉は開かれる ってことですかねぇ。

マハルシは「特別」として、通常、この世界に対する知識が、ある程度わかるようにならないとハートは開かないと思っていましたが、いやぁ、そうではないみたいです。

開いたハートは、いったん閉じますが、いろいろなタイミングで開きます。
ハートの中に、心が生じる源があり、ここは、善と悪を超えています。
源は、すべての源。
善の源でもあり、悪の源でもある。
ハートを開きっぱなしにして、怒りを放つと、怒りはどんどん加速します。

ハートが開くこと、これは、ゴールではなく、スタート。
欲を少なくし(少欲知足)、最低限必要な知識を身に着ける。
そして、心が生じる源を意識し続ける。

僕のハートは、2006年11月14日午前7時57分に開きました。
mixi で知り合った maxi さん、シロさん、shio さん、シリウスさん、先日、身体を離れられた Babbie。さん、そして、mercy. さんに導かれ、突然、開きました。
開いた後、どうすれば良いのか、おろおろしていましたが、進むべき方向を指し示していただいた mercy. さんのおかげで、今の僕があります。

本当に、みなさんには、感謝、感謝です。
それぞれ歩んでいる道が少し違っていますが、目指しているところは同じです。
志を同じくする者とのかかわりは、とても大事ですね。

わが子もハートが開いていますが、いつも一緒なので、それほど心配していません。
が、姪っ子は、そうではないので、少し心配です。
より良い方向に歩んで行ってくれると良いのですが。。。
(^_^;)

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ookuwa

Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2020.05.27 マハルシの文献
2019.07.13 真我の探求方法
2019.05.25 マハルシの年表
2016.03.13 Talksなどのまとめ



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