ラマナ・マハルシの教え
日本ラマナ協会前会長故柳田侃先生から教えていただいた「ラマナ・マハルシの教え」の理解をより深めるため、実践して感じたことや「TALKS WITH SRI RAMANA MAHARSHI ラマナ・マハルシとの対話」の直訳、感想などを記します!(日本ラマナ協会は一切関係ありません)
真我の探求方法
マハルシ(モノ3つ合成)


心の源に没入するためには、念仏のように「私は誰か?」と唱え続けたり、対象物に集中し瞑想したり、火を見続けたり、沈黙し続けたり、考えることをやめたり、心をとめたり、あるがままであり続けたり、善行を繰り返したり、呼吸を統制したり、「無」であり続けるなど、いろいろな方法があります。

が、マハルシは、もっとも良い方法は、「『私』が生じる源を探り求めること」だと言われています。

マハルシの「真我の探求」方法は、
「心を強くし、心が静まったら、『私』の源を探る。源を探り求めたら、源を感じ続ける。日常生活の中で常に続け、源にすべてを明け渡し、真我が『私』をとけ込ませてくれるまで感じ続ける」
と理解しました。
 *真我探求は、心による、あるいは知的な「探究」ではなく、
   献身的な「探求(探り求める)」である

柳田先生に教えていただいた「真我の探求」方法に、これまでいろいろな方に導かれて気付いたことなどをアレンジし、さらに私の体験談をプラスした「真我の探求」方法を記します。
 *2008年9月17日記入、2019年7月13日読みやすいよう修正

睡眠を十分とり、できるだけ穏やかな環境で、心を静めます。
心を静めようとしている間、いろいろな想念が生じると思います。
 *想念:心の中に浮かぶ思い、考え

想念が生じたとき、どこから想念が生じるのか注意深く探ります。
注意深く探れたとき、想念が一時的に消えます。
ですが、いったん消えた想念、なぜかまた生じます。

想念が生じにくくなるまで、何度も何度もこの作業を行います。
想念が生じにくくなったら、ゆっくりと、穏やかに、「私は誰か?」と思います。

「わ」が生じる先に意識を集中し、どこから「わ」が生じるのかを探ります。
最初、「わ」は、頭の中で生じるかもしれません。
ですが、何度も探っていると、少しずつ、生じるところが変わっていきます。

ハートにたどり着けるまで、けっこう時間がかかると思います。
毎日コツコツ、根気よく続けることが大事です。
「わ」になる前の、「わ」が生じる先を探れるようになると、ハート(右胸)にたどり着けると思います。

たどり着いた当初、静寂に包み込まれます。
が、しばらくすると、また想念が生じます。

で、「私は誰か?」(または、「わ た し」)と思い、「わ」が生じる先を探ります。
何度も繰り返していると、静寂が続くようになってきます。

静寂(manolaya:心が、ハートの中でとけること)、とても居心地が良いため、そのまま居続けようとしてしまいますが、その静寂(何もない、空、無)に魅了されず、とらわれず、そこにとどまらないよう、さらに「わ」が生じる先(「私」が生じる源)を探ります。
 *ここで、光を見たり、何かを感じたりするかもしれませんが、それらはすべて錯覚です

探り続けて見つけた源が、本当に源なのかどうか見極める方法がありません。
とにかく、探れなくなるまで探り続け、「あぁ、これ以上探れないなぁ」と思ったところが、当面の源です。
源にたどり着いたら、探り続ける努力をやめ、そこにとどまり続けるようにします。

とどまり続けるためには、

1.執着をできるだけ手放す(つなぎ止めているものをもやいから解き放す)
この段階では、かなり「執着」がなくなっているはずですが、「根深い執着(vasanasamskara)」は、まだ残っています。
 *vasana:現世の心の習慣。潜在的な傾向、または、印象
        もっとも微細な形でハートの中に囲い込まれている
   samskara:生まれながらの傾向。過去から続いている心の印象(傾向と気質)
なので、「一時的」にすべての執着を手放すのです。
「ずっと」手放すことはかなり難しいのですが、「一時的」であれば思ったより簡単にできると思います。

2.本当に信じる
「真我が『ある』こと」を、そして「マハルシの教え」を。

3.途切れなく一点(源)に集中し続ける

4.記憶にとらわれない
「吸気」は、記憶を呼び起こします。
突然生じる記憶(過去)にとらわれると、「私」がハートから飛び出してしまいます。
記憶にとらわれないよう十分注意します。

5.息にとらわれない
息を吸うときに集中が途切れやすいです。
 *息(特に呼気)が、源を覆い隠している?

源が感じられるようになったら、源に意識を集中するのではなく、思考を働かせず、源を感じ続けるようにします。
寝る前、目覚めるとき、仕事中、とにかく、いつも感じ続けられるようにします。
 *目覚めと夢見の合間に真の「私」がある
   不滅の意識 196ページ
    人が目覚めたとき、実際に外部の世界に十分気付くようになる前に、その合間、時間、空間のないことが
    真の「私」の状態

感じているときに、思ったり・考えたりすると、源が感じられなくなります。
源は、記憶・息・想念などによって覆われているようです。
源に没入したとき、思ったり・考えたりすることをやめたとき、「知性」、「理性」はなくなり、「感じること」のみになります。
感じ続ける密度を上げ、絶え間なく、隙間なく、感じ続ける。

「感じるだけ」になれたとき、遮るもの(記憶、息、想念など)はなくなります。

そして、源にすべてを明け渡すことができるよう努力し続けます。
「明け渡し(帰依:bhakti:devotion)」は、とても難しいです。。。
なので、執着を手放すときと同様に一時的に明け渡します。
一時的な明け渡しを何度も繰り返し、明け渡している状態が長く続くよう努力し続けます。

この状態は、おそらく、laya(心と息が、ハートの中でとけること)だと思います。
ここでも、光を見たり、何かを感じたり、身体を感じなくなるかもしれませんが、それらはすべて錯覚です。
とけ込まなければならないのは、ハートではなく、ハートの中の源。
 *感じられるようになったころは、源は、ハートの中の一点です
源から、「私」という思考が最初に生じ、心となり、粗雑な身体が現れ、世界が現れる。
 *「私」という思考:最初に生じる思考(心)
源を探り、とどまり(感じ)続けられるようになると、心がハートにとけ込む。
努力し続けることで、心と息がハートにとけ込む。

どれだけ努力をしてもvasanasamskara)が残っているため、源にとけ込むことはできません。
ただ、努力し続ければ、vasanaを弱らせることができます。
 *samskaraは、無理っぽい。。。
真我が、弱ったvasanasamskara)を消滅させ、「私」をとけ込ませてくれるまで、ただひたすら努力し続ける。

源で溺れそうになったとき、あがかず、息をしようとせず、そのまま溺れる。
溺れる直前に感じる、未練(執着)・恐怖にとらわれることなく、息を源に明け渡す。

すべてを源に委ねきれたとき、源に没入し続けられたとき、真我が、「私」との境を取り払い、真我が、「私」にとけ込んでくる。

「真我探求は、源へのバクティである」

今の私は、ここまでです。

ここから先は、「あるがまま」などの日本語文献に記載されていましたので、私なりに理解した内容を記します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個人としての感覚が一時的に作用を止めたこの感覚は、初めのうちは断続的であるかもしれないが、実践を繰り返すことによって、それは、容易に達せられ、維持できるようになる。
「真我の探求」がこの段階に達すると、努力を続けていた「私」は一時的に存在をやめ、個人的な努力は、もはや不可能となり、努力なしに真我があらわになりだす。
「私」という思考は、真我にとけ込んでいるのではなく、真我に没入しているだけなので、周期的に主張してくる。
これはまだ、「真我の実現」ではないが、この状態を繰り返し「体験」することにより、「私」という思考を起こす原因である「vasana」が徐々に弱まってくる。
そして、「vasana」の影響力が十分弱まったとき、真我が、残存している、「vasanasamskara」を完全に破壊する。
「私」という思考は、真我にとけてなくなり、二度と再び立ち現れることはなくなる。

これが、最終的な、覆すことのできない「真我の実現」である。

 *Talks
 *Talks(独り言)
 *真我探求に導く瞑想(V.ガネーシャン)


181224_手描きのシュリー・チャクラ(144)

テーマ:自己探求 - ジャンル:心と身体

1950年4月15日午前0時17分
気マガジン1990年3月号写真(540)

1950年4月14日午後8時47分(日本時間:15日午前0時17分)、マハルシが粗雑な身体を離れました。

前日に意識していたのですが、多忙が続き、気付いたら午前0時50分。。。
またしても、逃してしまいました。。。
(;^_^A

1カ月くらい前に、ちょっとした進展がありまして、、、いくつかの潜在していた大きな問題(含む:トラウマ。。。。)が少しやわらぎました。
そうなってみると、あぁ、なんでこんなことに囚われていたのか、、、みたいな。。。
σ(^◇^;;

まぁ、そういうものなんでしょうね。
毎日与えられている課題を積極的に対応し続けていたところ、体調に異変が。。。
それを無視して、精神力のみで対応していたところ、またしてもダウン。。。
心は、頑張れば何とかなることがよくわかりましたが、衰えつつある体は、そうはいきませんね。
(;^□^)あはは…

波立ち続ける「心」と、いつも穏やかでただただあり続けている「私」。
「心」と「私」は、月と地球のように一定の距離を保ちつつ、月(心)は、いつも外へ外へと。
地球にぶつかることなく、地球から離れすぎることなく、一定の距離を維持し続けたいと思います。
(^_^)


181224_手描きのシュリー・チャクラ(144 270

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シュリーチャクラ

181224_手描きのシュリー・チャクラ(144)


アルナーチャラ便り 2018年12月8号に、ハートを熱くする、とてもすてきな絵が掲載されていました。
1920年頃に、マハルシが、女性帰依者ヴェヌアンマルのために描かれたものだそうです。
 *この絵をアップすることは、ダムール貴子さまの了承を得ています!

この絵を眺めていたところ、ハートの中に入り込み、ハートの中のハートが輝き始めました。
しばらくすると、ハートの中のハートに吸い込まれ、心が とまりました。

とても良い感じです!

いつもこの絵が、ハートの中で輝き続けますよーに!
(*^_^*)


<TALK 405より抜粋>
シュリー・チャクラに関して尋ねた人に、マハルシは以下のように応えています。
「シュリー・チャクラには深い意味があります。聖なる音節が記された43の角があります。これを礼拝することは、精神集中の手段となります。外へとさまよい出す心の傾向は、抑えて内側に向けねばなりません。すべて名前と形を持つ外的な対象へのこだわりは、心の習性です。名前と形を象徴的な精神的概念としたのは、心を外的対象から逸らして、心自体の内に留まらせるためです。偶像、マントラ、ヤントラは、どれも内に向けられた心への糧なのです。こうしてやがて、精神集中がなされるようになり、後には自動的に至高の境地に至るのです」


Talk405



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マハルシの文献
<ラマナ・マハルシの文献>
 *2008年9月17日記入、2019年1月9日追記

真理の太陽
『真理の太陽』
  【著者】 三浦 関造
  【出版】 竜王文庫
  【発行】 1954年10月1日(初版)、1973年12月1日(復刊3版)
  【価格】 1000円
  ・「6 大聖マハリシの話」(36~76ページ)


こころある旅インド(表) こころある旅インド(裏)
『こころある旅インド』
  【著者】 夫馬 基彦(ふま  もとひこ):1943年~、一宮市生まれ、小説家
        プレム・プラブッダ:星川 淳(あつし)。1952.3.31~、作家・翻訳家
        山尾 三省(さんせい):1938.10.11~2001.8.28、詩人
        室矢 憲治:ロック・ジャーナリスト
        北中 正和:1946年~、音楽評論家
        宮田 雪(きよし):1945.3.3~2011.2.14、脚本家・漫画原作者
        渡辺 眸(ひとみ):1942年~、写真家
        斉藤 司郎
        吉福 逸郎
  【出版】 エイプリル・ミュージック
  【発行】 1977年11月20日(初版)
  【価格】 1200円
  ・「第3章インドそのこころ(スワミ・プレム・プラブッダ)」の「ラマナマハリシ」(205~211ページ)


秘められたインド
『秘められたインド』
  【著者】 ポール・ブラントン(Paul Brunton):1898~1981年、ロンドン生まれ
  【翻訳】 宗教法人 日本ヴェーダーンタ協会
  【出版】 宗教法人 日本ヴェーダーンタ協会
  【発行】 1982年5月19日(初版)
  【価格】 1500円
  【原書】 A Search in Secret India
        ・原書の出版:Rider & Co. / London
        ・原書の発行:1934年


ラマナ・マハルシの教え(表1 150) ラマナ・マハルシの教え(裏1 150)
ラマナ・マハルシの教え(表2 150) ラマナ・マハルシの教え(裏2 150)
『ラマナ・マハリシの教え』
  【訳者】 山尾 三省
  【出版】 めるくまーる
  【発行】 1982年12月15日(初版第1刷)、1992年7月30日(初版第7刷)
  【価格】 1500円
  【原書】 The Spiritual Teaching of Ramana Maharshi
        ・原書の出版:Shambhala / USA
        ・原書の内容:Who am I ?、Spiritual Instruction、Maharshi's Gospel
  ・ブックカバーの裏表紙のお言葉
    『ラマナ・マハリシの教え』
     ・「マハルシの福音(Maharshi's Gospel)」の「沈黙と孤独」の103ページ
    『The Spiritual Teaching of Ramana Maharshi』
     ・「Maharshi's Gospe」の「Silence and Solitude」の49ページ
    『Maharshi's Gospel(PDF版)』
     ・「Silence and Solitude」の14ページ
    『Talks(PDF版、本:2003年版)』
     ・「Talk 145」の130~131ページ


ST(150) ST(裏150)
『The Spiritual Teaching of Ramana Maharshi』
  【出版】 Shambhala / USA
  【発行】 2004年


Who Am I.
『Who Am I ? : The Teachings of Bhagavan Sri Ramana Maharshi』
  【出版】 V. S. Ramanan、Sri Ramanasramam
  【発行】 1996年


南インドの瞑想
『南インドの瞑想 ラマナ・マハリシとの対話』
  【訳者】 おおえ まさのり(1942年~)
  【出版】 大陸書房
  【発行】 1983年8月23日(初版)、1990年7月5日(第5版)
  【価格】 1214円
  【原書】 第Ⅰ部 ラマナ・マハルシの生涯(出典不明)
        第Ⅱ部 ラマナ・マハルシとの対話(TALKS with Sri Ramana Maharshi)の部分訳
        第Ⅲ部 ウパデーシャ・サーラム(UPADESA SARAM)の全訳


Talks(150) Talks(裏150)
『TALKS with Sri Ramana Maharshi』
  【編者】 ムナガーラ・S. ヴェンカタラーミア(Munagala S. Venkataramiah)
         ・カタカナ名は、「沈黙の聖者」。「不滅の意識」は、「ムナガラ・ヴェンカタラミア」
         ・その後、スワミ・ラマナーナンダ・サラスワティ(Swami Ramanananda Saraswati)に改名
           *「不滅の意識」5ページ
         ・1882~1963.2
          1918年に初めてマハルシのところ(Skandasramam)を訪れ、1927年に生まれ変わった。
          1952年にアシュラムを離れ、1955年に戻ってきたが、心臓発作を起こし、再び Waltair に
          帰った。1959年にアシュラムに戻り、1963年2月に mahanirvana に達した
           *Source : Arunachala's Ramana, Boundless Ocean of Grace, Volume 4.
         ・「沈黙の聖者」の192~193ページに記載あり
         ムナガーラ・S.ヴェンカタラーミア
  【出版】 V.S. Ramanan、Sri Ramanasramam
  【発行】 1955年(初版第1刷)、1958年(第2刷)、1963年(第3刷)、1968年(第4刷)、1972年(第5刷)、
        1978年(第6刷)、1984年(第7刷)、1989年(第8刷)、1994年(第9刷)、1996年(第10刷)、
        2000年(第11刷)、2003年(第12刷)
  ・Talksは、1935年1月6日~1939年4月1日までのラマナ・マハルシと帰依者の対話録で、全3巻(発行日
   不明。おそらく1955年?)。3巻まとめての出版(初版第1刷)は、1955年
    第1巻 : 1935年1月6日Talk 13 ~ 1936年7月20日Talk 239 まで(Talk 1 は、1935年4月15日)
    第2巻 : 1936年8月23日Talk 240 ~ 1937年12月30日Talk 438 まで
    第3巻 : 1938年1月3日Talk 439 ~ 1939年4月1日Talk 653 まで 
    *amazon USAで検索した結果
      「Volume 1」  Publisher : T. N. Venkataraman ; 1st edition (1955)


UPADESA SARAM
『UPADESA SARAM : Translated from the original of SRI RAMANA MAHARSHI』
  【出版】 T. N. VENKATARAMAN、Sri Ramanasramam
  【発行】 1983年(Reprint)


20世紀の神秘思想家たち(表) 20世紀の神秘思想家たち(裏)
『20世紀の神秘思想家たち アイデンティティの探求』
  【著者】 アン・バンクロフト(Anne Bancroft):女性、イギリス生まれ
  【訳者】 吉福 伸逸(よしふく しんいち):1943年~、倉敷市生まれ
  【出版】 平河出版社
  【発行】 1984年3月25日(第1刷)、1991年9月10日(第3刷)
  【価格】 1748円
  ・「4.ヒンドゥーの導師」の「ラマナ・マハリシ」(187~209ページ)
  【原書】 Twentieth Century Mystics and Sagee


瞑想の本
『瞑想のほん』
  【著者】 橋本創造(1946年~、東京都生まれ、日本ラマナ協会初代会長)  
  【出版】 日本実業出版社
  【発行】 1984年11月30日(初版)
  【価格】 980円
  ・「8章 悟るための瞑想」(183~198ページ)


瞑想と精神世界事典
『瞑想と精神世界事典』
  【編者】 瞑想情報センター
  【出版】 自由国民社
  【発行】 1988年7月15日
  【価格】 1300円
  ・「第4章・行法編」の「その1 真我の探究(橋本創造)」(120~125ページ)


気マガジン表紙(310).jpg 気マガジン1990年2月号1(150) 気マガジン199年3月号1(540).jpg
「雑誌 気マガジン1990年2月号と3月号」
気マガジン1990年3月号写真(540).jpg この写真(1990年3月号)の目に魅せられて、今の「私」があります。
『雑誌 気マガジン』
  【著者】 橋本 創造   
  【出版】 レイ出版
  【発行】 1990年2~9月号
  ・連載「マハーリシに学ぶ」


ラマナ・マハルシの言葉(表・帯あり150).jpg ラマナ・マハルシの言葉(表・帯なし150) ラマナ・マハルシの言葉(サイン468)
『ラマナ・マハルシの言葉』
  【編者】 アーサー・オズボーン(Arthur Osborne):1906~1970年、英国生まれ
          ・ラマナアシュラマム発行の季刊誌「The Mountain Path」を創刊し、編集長を務めた
  【訳者】 柳田 侃(ただし)
  【出版】 東方出版
  【発行】 1996年7月16日(初版)
  【価格】 1748円
  【原書】 The Collected Works of Ramana MaharshiのPart One「Original Works」の全訳
        ・原書の出版:Sri Ramanasramam
        ・原書の発行:1979年第5版


The Collected Works(150) The Collected Works(150裏)
『The Collected Works of SRI RAMANA MAHARSHI』
  【編者】 アーサー・オズボーン(Arthur Osborne)
  【出版】 Sri Ramanasramam
  【発行】 2002年(第7版第8刷)


沈黙の聖者(表・帯あり150) 沈黙の聖者(裏・帯あり150)
沈黙の聖者(表・帯なし150) 沈黙の聖者(サイン540)
『沈黙の聖者 ラマナ・マハリシ その生涯と教え』
  【編著】 シュリ・ラマナシュラマム
  【監訳】 柳田 侃
  【訳者】 プラモード・ジャイスワール、(夫人)稲岡千春、小坂聡子
  【発案】 川原田久枝(ヨーガ蓮華の会)
  【出版】 出帆新社
  【発行】 1998年9月7日(初版第1刷)
  【価格】 2800円
  【原書】 BHAGAVAN SRI RAMANA ; A Pictorial Biograhy
        ・原書の出版:Sri Ramanasramam
        ・原書の発行:マハルシの生誕100周年を記念して出版された


A Pictorial Biography  A Pictorial Biograhy_直筆
『BHAGAVAN SRI RAMANA ; A Pictorial Biograhy : A Birth Centenary Offering 』
  【compiler and designer】 Joan Grenblatt、Matthew Grenblatt
  【出版】 V. S. Ramanan、Sri Ramanasramam
  【発行】 1981年7月(初版)、1985年4月(第2版)、1995年12月(第3版)


とんぱ創刊号
『雑誌 とんぱ』
  【著者】 V・ガネーシャン
  【訳者】 柳田 侃
  【出版】 出帆新社
  【発行】 1998年創刊号(10月15日)
  ・「真我は今-シュリー・ラマナ・マハルシの教え」(88~101ページ)


マハルシの教え(V・ガネーシャン)
*柳田先生からいただいた小冊子


カルナ
『雑誌 カルナ(旧気マガジン)』
  【出版】 光祥社
  【発行】 1998年12月号(No.153)
  【価格】 752円
  ・巻頭特集「ラマナ・マハルシ」


スターピープル 柳田先生_スターピープル
『雑誌 スターピープル』
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】 2001年第4号(10月31日)
  【価格】 934円
  ・「Who am I?」、柳田先生へのインタビュー記事(18~21ページ)


不滅の意識(表・帯あり150) 不滅の意識(表・帯なし150)
不滅の意識(アルナチャラ310)
『不滅の意識 ラマナ・マハルシとの会話』
  【著者】 ポール・ブラントン(Paul Brunton)
        ムナガラ・ヴェンカタラミア(Munagala S. Venkataramiah):Talksの編者
  【訳者】 柳田 侃
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】 2004年8月31日(初版)
  【価格】 2500円
  【原書】 Conscious Immortality : Conversations with Sri Ramana Maharshi
        ・原書の出版:V. S. Ramanan、Sri Ramanasramam
        ・原書の発行:第2版


あるがままに(表・帯あり150) あるがままに(表・帯なし150)
『あるがままに ラマナ・マハルシの教え』
  【編者】 デーヴィッド・ゴッドマン(David Godman):1953年~、英国生まれ、The Mountain Pathの編集・執筆
  【訳者】 福間 巌:1960年~、萩市生まれ
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】 2005年12月7日(初版)
  【価格】 2800円
  【原書】 BE AS YOU ARE : The Teachings of Sri Ramana Maharshi
        ・原書の出版:Sri Ramanasramam
        ・特別収録:Who Am I ?


BE AS YOU ARE(表) BE AS YOU ARE(裏).jpg
『BE AS YOU ARE : The Teachings of Sri Ramana Maharshi』
  【編者】 デーヴィッド・ゴッドマン(David Godman)
  【出版】 ARKANA PENGUIN BOOKS / London
  【発行】 1985年(初版)
  【著作権】 Sri Ramanasramam , 1985


賢者の奇蹟(表・帯あり150) 賢者の奇蹟(裏・帯あり150) 賢者の奇蹟(写真540)
『ラマナ・マハルシの伝記 賢者の軌跡』
  【著者】 アーサー・オズボーン(Arthur Osborne)
  【訳者】 福間 巌
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】 2006年7月24日(初版)
  【価格】 2500円
  【原書】 Ramana Maharshi and the Path of Self - Knowledge
        ・原書の出版:V. S. Ramanan、Sri Ramanasramam


静寂の瞬間(表・帯あり150) 静寂の瞬間(裏・帯あり150)
静寂の瞬間(表・帯なし150) 静寂の瞬間(裏・帯なし150)
『静寂の瞬間(とき) ラマナ・マハルシとともに 』
  【編者】 バーラティ・ミルチャンダニ(Bharati Mirchandani)
  【訳者】 山尾 三省、福間 巌
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】  2007年7月25日(初版)
  【価格】 1500円
  【原書】 Heart is Thy Name, Oh Lord : Moments of Silence with Sri Ramana Maharshi
        ・原書の出版:V. S. Ramanan、Sri Ramanasramam
        ・原書の発行:2004年12月
         ・ラマナ・マハルシ生誕125回記念(2004年12月28日)に出版


霊性の訓練150
『霊性の訓練 真我探究(ジニャーナ・ヨーガ)』
  【著者】 宮崎 幸子
  【出版】 出帆新社
  【発行】 2011年9月1日(初版)
  【価格】 1680円


talks2 150 talks1 150
『ラマナ・マハルシとの対話 第1巻』
  【著者】 ムナガラ・ヴェンカタラミア(Munagala S. Venkataramiah)
  【訳者】 福間 巌
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】 2012年12月15日(初版)
  【価格】 3150円
  【原書】 Talks With Sri Ramana Maharshi


Talks第2巻all小
『ラマナ・マハルシとの対話 第2巻』
  【著者】 ムナガラ・ヴェンカタラミア(Munagala S. Venkataramiah)
  【訳者】 福間 巌
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】 2013年2月26日(初版)
  【価格】 2625円
  【原書】 Talks With Sri Ramana Maharshi


ラマナ・マハルシとの対話 第3巻150
『ラマナ・マハルシとの対話 第3巻』
  【著者】 ムナガラ・ヴェンカタラミア(Munagala S. Venkataramiah)
  【訳者】 福間 巌
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】 2013年4月16日(初版)
  【価格】 2730円
  【原書】 Talks With Sri Ramana Maharshi


131208_DVD(310).jpg
『ラマナ・マハルシ アルナーチャラの聖者』
  DVD-ROM 73分
  【字幕】 福間 巌
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】 2013年12月5日(初版)
  【価格】 3990円


表紙(帯付き)150 表紙(帯なし)150
表紙(見開き)310
『アルナーチャラ・ラマナ 愛と明け渡し』
  【編者】 福間 巌
  【出版】 ナチュラルスピリット
  【発行】 2014年12月19日(初版)
  【価格】 2376円


<英語文献>

Talks2(150) Talks2(裏150)
『Talks with Ramana Maharshi:On Realizing Abiding Peace and Happiness』
  【出版】 Inner Directions / USA
  【発行】 200年(第1版)、2001年(第2版)


THE ARCHIVAL FILMS
『THE ARCHIVAL FILMS』

*上記内容は、正しくない可能性があります。もし、誤りを見つけられましたらコメントしていただけると助かります
m(_ _)m


<柳田先生からいただいた「はがき」と「封筒」>

はがき

封筒


<マハルシが書かれたシュリーチャクラ>

アルナーチャラ便り 2018年12月8号に掲載されていた、シュリーチャクラ。
1920年頃に、マハルシが、女性帰依者ヴェヌアンマルのために描かれたものだそうです。
シュリー・チャクラに関して尋ねた人に、マハルシは以下のように応えています。
「シュリー・チャクラには深い意味があります。聖なる音節が記された43の角があります。これを礼拝することは、精神集中の手段となります。外へと彷徨い出す心の傾向は、抑えて内側に向けねばなりません。すべて名前と形を持つ外的な対象へのこだわりは、心の習性です。名前と形を象徴的な精神的概念としたのは、心を外的対象から逸らして、心自体の内に留まらせるためです。偶像、マントラ、ヤントラは、どれも内に向けられた心への糧なのです。こうしてやがて、精神集中がなされるようになり、後には自動的に至高の境地に至るのです」
 *TALKS405より抜粋
手描きのシュリー・チャクラ
*これ、すごいですよね。ハートが熱くなり、吸い込まれそうになります
("⌒∇⌒")

テーマ:自己探求 - ジャンル:心と身体

マハルシの年表
マハルシ(モノ3つ合成2)


複数の日本語文献、shibaさんのアルナーチャラの聖者、アルナーチャラ便り「SILENCE」を読んで、マハルシの年表をまとめてみました。
 *2014年6月23日公開
 *2019年5月25日ラマナ・ぺリヤ・プラナームに記載されていいたパラニ・スワミの内容を追記

1879年
 12月30日午前1時 (日本時間:30日午前4時30分)
  スンダラム・アイヤール(父)とアラガンマル(母)の次男(ヴェンカタラーマン)として
  南インド・タミル・ナードゥ州のティルチュリ村に生まれる
   *両親は、ヒンドゥー教徒。盲目の助産婦が輝ける光を見ている
  長男:ナーガスワミ(2歳年上)
  三男:ナーガスンダラム(6年後)
      後にニランジャナーナンダ・スワミと呼ばれる
      (別称:チナスワミ/小さなスワミ)
  長女:アラメール(8年後)
1891年
  初等教育をティルチュリで修めた後、ディンディグルに移動
1892年
 2月18日
  父(スンダラム・アイヤール)死去
  父方の叔父(義弟)スッバ・アイヤールの家(マドゥライ)に住むことになった
  スコット中学校→アメリカン・ミッション・スクールで学ぶ
   *幼い頃から「アルナーチャラ、アルナーチャラ」という声が常に聞こえていた。
    が、それが何であるのかわからなかった(誰にも聞こえる声だと思っていた)
1895年
 11月1日
  年配の親戚の人がマドゥライを訪れ、「どこから来たのですか?」と尋ねたところ、
  「アルナーチャラからだよ」と答えた
   *ヒンドゥー教の聖典は何一つ読んでいなかった。唯一読んでいたのは、シヴァ神の
    聖なる帰依者63人の生涯をつづった信仰の書「ペリヤ・プラーナム(セッキラール著)」
    だけだった
1896年
 7月中旬
  「死の体験」(太陽暦17歳、西洋歴16歳)
   *自分の身体が火葬場に運ばれて焼かれるのを「見た」。その後もその焼かれる
    感覚は続いた。アルナーチャレーシュワラ大寺院のアグニ・リンガム(火のリンガム)
    を抱いて、「父よ、仰せの通りやって来ました。御心のなすがままに」と言うまで、
    その灼熱感は続いた
 8月29日
  マドゥライを去り、アルナーチャラへ
 9月1日
  アルナーチャラに到着
  アルナーチャレーシュワラ大寺院の千本柱廊のホールに住む(数週間)
   *至福に浸ったまま不動のうちに座り続けた
  子どもたちに石を投げられるなどしたため、パーラータ・リンガム(パタラリンガム。
  古の聖者の小さな埋葬室。蟻や害虫や小動物がたむろする暗く湿った、日の光が
  決して届かない場所)に避難(数週間。マハルシの大腿部は、血と膿が滴った傷で
  覆われていた)
  ヴェンカターチャラ・ムダリが、マハルシを埋葬室からスブラマニヤ神殿に移す
  (数週間)
  寺院内の夾竹桃のそう林の庭園に移る
  神輿車のあるホールに移る
  寺院の外壁を巡る道沿いの木の下やマンガイ・ピラヤール寺院に移る
1897年
 1月か、2月
  ティルヴァンナーマライ郊外のグルムールタン寺院に移る
   *ここで初めて字を書いた(タミル語でこれのための奉仕はこれで十分だ)
   *グルムールタン寺院:アンナーマライ・タンビラーンが所有
   *マハルシは、まったく身体のことは忘れていた。沐浴していないまま、ごわ
    ごわにもつれた髪は伸び放題で、爪は長く伸びて曲がっていた。食事は
    ほとんど摂っていなかったので、身体は痩せこけて衰弱しきっていた。
    人々が、押しかけて、サマーディにあるマハルシに触れたり、揺すぶったり、
    話しかけようとするようになっていた
  *この頃、パラニ・スワミが、マハルシの身体を守ったり、食事を食べさせたりした    
1898年
 5月
  マンゴー果樹園に移る
   マンゴー樹園の所有者が、そこにある椰子の葉で作られた藁葺き小屋に移り
   住むように、マハルシとパラニ・スワミに勧めてきた。所有者が野次馬の出入りを
   厳しく規制したので、邪魔されることなく暮らせれた。マハルシの新しい一面が
   開花したのは、この時期だった。30歳も年上だったパラニ・スワミは、マハルシに
   父性愛を抱いていた。町に出かけて行っては、子供を労わる父のように、「神なる
   息子」に読ませる本を入手してきた。こうしてマハルシは初めて、「カイヴァリヤ・
   ナヴァニータム」、「ヴェーダンタ・チューダーマニ」、「アディヤートマ・ラーマーヤナ」、
   「ヨーガ・ヴァシシタ」、「プラブリンガ・リーライ」などの多くの書物を読むことになった。
   このようなアドヴァイタやヴェーダーンタに関する書物を読んだマハルシは、自分が
   16歳の時に経験したことがそこに描写されているのに気づいた。こうしてサマーディ、
   アートマン、マーヤ、サンサーラなどの言葉を覚えたのだった。聖典やヴェーダの
   言葉に精通するようになったのは、この頃からだった。
   *ここで、マハルシは、パラニスワミを助けるため、パラニスワミが読んでいた
    本を手に取って読み通すと、それらの教えの精髄を示す簡潔な概要をパラニ
    スワミに与えた
  父方の叔父(義弟)のネリアッパ・アイヤール(マドゥライで二級弁護士)が訪問
   *まるで岩のように、反応がない
 8月
  マドゥライで一緒に暮らしていた叔父(スッバ・アイヤール)他界
  アイヤンクラム沐浴場の西側にあるアルナーギリナタール寺院に移り、沈黙を
  保ったまま托鉢を始める(1カ月)
   *アルナーギリナタール寺院にも、野次馬の人だかりができ始めた。常に
    マハルシがサマーディにある理由が理解できなかった彼らは、パラニ・スワミが
    いないと邪魔をしてきた
  大寺院の塔の一つと寺院内のアラリ樹園に移る(1週間)
 9月
  パヴァラクンドゥル寺院へ移る(ここでも、食を乞いに行くとき以外は、サマーディの
  中に没入したまま座っていた)
 12月
  母(アルガンマル)が訪問
   *小高い丘パヴァラクンドゥルの岩の上に座っていた。ここにたどり着いた母が、
    「家に戻っておくれ」と訴えたが、一切反応しなかったが、見かねた住人たちの
    苦言により、紙切れに返事を書いた
    「神はプララーブダカルマ(過去生における行為のバランスから生じる、今生で
    成し遂げられるべき運命)に応じて、魂の運命を支配する。いかに努力しようとも、
    運命に定められていないことは起こらない。またいかに避けようとしようとも、運命に
    定められたことは必ずや起こる。これは確かだ。それゆえ最善なのは、沈黙に留まる
    ことだ」
  この頃、外的な普通の生活に戻る最初の兆候が現れ始めていた。自ら托鉢に出かけ、
  食事を決まった時間に取り始めた。また、何度か話しをしたり、帰依者たちの要望に
  応じて聖典を読み、その教えの本質を説明したりした
1899年
 2月
  アルナーチャラの丘に移る
  山の上の様々な洞窟に滞在するが、ヴィルパークシャ洞窟にほとんど滞在
   *マハルシが、マラヤラム語を覚えたのは、ヴィルーパークシャ洞窟で
  マンゴーの木の洞窟を夏の住居として使う
1900年ごろ
  2歳年上の兄(長男・ナーガスワミ)死去
   *子供はいない。妻は10代
   *長女(アラメール)は、結婚していたが、子供はいない
   *三男(ナーガスンダラム)は、結婚していたが、このとき子供はいない
1901年
  シヴァプラカサム・ピライの質問に答える(私は誰か?)
1902年
  ヴィルパークシャ洞窟でガンビラム・セーシャイヤの質問に答える
  (後に「真我の探求」として出版)        
  三男(ナーガスンダラム)訪問
1905年
  ペストが流行したためパチャイアンマン・コーリに移動
1907年
 11月18日
  カーヴヤカンタ・ガナパティ・ムニと出会う
  ムニにウパデーシャを授ける
1908年
 1~3月
  ガナパティ・ムニと他の人と共にパチャイアンマ・コーリに滞在し、ヴィルパークシャ
  洞窟に戻る
  アーディ・シャンカラ作のヴィヴェーカ・チューダーマニとディルク・ディクシャ・
  ヴィヴェーカをタミル語の散文に翻訳
1911年
 11月
  最初の西洋人であるF.H.ハンフリーと出会う
1912年
  ヴァスデーヴァ・シャーストリーと他の人の面前で、第2の死の体験(トルトイズ・ロック)
1913年
  母(アルガンマル)が、三男(ナーガスンダラム)の妻を連れて、ヴィルパークシャ洞窟に
  行き、ナーガスンダラムに子供が授かるようマハルシに祝福を求めたところ、翌年、
  子供が生まれた。感謝を込めてヴェンカタラーマンと名付けた
1914年
  母(アルガンマル)が、ヴィルパークシャ洞窟に来たところ、高熱を発した(腸チフス)ため、
  アルナーチャラへ祈り(歌)を捧げる
  「おお、智慧の炎なるアルナーチャラよ。その光のうちに我が母を抱き、あなたと一つに
  して下さい!」
1915年
  「ポッパドムの歌」が母のために書かれる
  以下のものも、ヴィルパークシャの日々の間に書かれる
   アルナーチャラ・アクシャラ・マナ・マーライ
   アルナーチャラ・パディカム
   アルナーチャラ・アシュタカム
   デーヴィーカ・ロッタラの翻訳
   アーディ・シャンカラ作のダクシナームールティへの賛歌、グル・ストゥーティ、
   ハスターマラカ・ストートラの翻訳
1916年
  スカンダシュラムに移る
  三男(ナーガスンダラム)の妻が亡くなる
   *三男の子供(ヴェンカタラーマン)は、長女(アラメール)に
1917年
  サンスクリット語でアルナーチャラ・パンチャラトナムを作る
  母がスカンダシュラムに定住
  シュリー・ラマナ・ギーターが、ガナパティ・ムニによりサンスクリット語で著される
1922年
 5月19日
  母入寂
 12月中旬
  シュリ・ラマナシュラマムの現在の敷地に移る
1927年
  ウパデーサ・サーラをタミル語、サンスクリット語、マラヤーラム語で作る
 4月24日
  アートマ・ヴィドヤを作る
1928年
  ウラドゥ・ナルパドゥ(40詩節)をタミル語とマラヤーラム語で作る
   *サット・ダルシャナム
1930年
  サンスクリット語のサット・ダルシャナム(ガナパティ・ムニによるタミル語からの翻訳)
1933年
  アーガマのサルヴァジニャーノータラムのアートマ・シャークシャートカーラをタミル語に
  翻訳
1936年
  シュリー・ラマナ・ギーターをマラヤーラム語に翻訳
1939年
 9月1日
  マハルシによって、マトゥルブーテーシュワラ寺院のために基礎が置かれる  
1940年
  バガヴァッド・ギーター」から42詩節を選び、タミル語とマラヤーラム語に翻訳
1946年
 9月1日
  アルナーチャラ到着50周年記念式典
1947年
 2月
  エーカートマ・パンチャカムをテルグ語とタミル語で作る
1948年
 1月18日
  牝牛のラクシュミーがニルヴァーナを得る
  アーディ・シャンカラのアートマ・ボーダをタミル語に翻訳
 12月第2週
  左肘に小さな瘤を発見
1949年
 2月9日
  小さな瘤を切除
  一週間くらいで傷口完治
 3月最初の週
  瘤が成長
 3月中旬
  再発した瘤(肉腫)を切除
  傷口完治せず、数日後に新しい腫瘍が現れる
  医師が腕の切断を助言
  ラジウム療法で腫瘍の成長が少し治まる
 3月17日
  マハルシの面前で、マトゥルブーテーシュワラ寺院のクンバービシェーカム
 6月
  再び成長
  アーユルヴェーダの治療を始める
  腫瘍が非常に急速に成長
 8月14日
  腫瘍を切除し、ラジウム療法
  3カ月間、腫瘍の成長は現れなかった
 12月初め
  数インチ離れた腕の中央に小さな瘤
 12月19日
  第二の腫瘍を切除
  腫瘍が筋肉の深部に広がっていた
  ホメオパシーを試みたが、再発。アーユルヴェーダの治療も不調
  腫瘍の成長が急速に増す
1950年
 4月9日
  ベッドから離れられなくなった
 4月14日午後8時47分(日本時間:15日午前0時17分)
  粗雑な身体から離れる    
  その瞬間、鮮やかに輝く流れ星が、南(現在のニルヴァーナ・ルーム)から出て、
  空を横切り、ゆっくり北側に動き、アルナーチャラ山頂の背後に消えるのがインドの
  様々な場所で多くの人に目撃される

マハルシが、マドゥライの叔父の家の二階の部屋でひとり座っていたときに、激しい死の恐怖が突然襲いかかり、それについて何をすべきか考え、内面を探求したところ、「私」が肉体ではなく、「真我」であることを何の思考過程もなしに直接知覚し、真我へ没入するようになったようです。(この間、わずか30分くらい)
つまり、「死の体験」をしたときに、「真我の探求」による努力によって、真我を知覚し、真我へ没入するようになったということのようです。(「死の体験」をすれば、誰でも真我を知覚し、真我へ没入できるわけではないようです)

マハルシは、「真我探求」が導く成就は、通常、即座にではなく、長い努力の末にのみ達成できるもので、本来の自己(真我)を実現するための唯一直接的な方法だと語ったそうです。
さらに、「真我探求」は成就するまでに長い時がかかるかもしれないが、変容のプロセスは即座にもたらされる、「自我がそれ自身を知ろうとしはじめた瞬間、それは、いままで巻き込まれていた身体から徐々に離れ、より真我の意識の質を帯びるようになる」と説いたそうです。

マハルシは、ティルバンナーマライの寺院や神殿に滞在した二年数カ月、真我に没入して座り、沈黙し続け、世界と身体を完全に無視していました。この間のことを「真我実現のために行っていたのではなく、真我を実現した結果である」と、また、「沈黙していたのは、世俗的な要求がなかったため、単に話す必要がなかったから。話さないということが、妨害から守ってくれると思いついたから」と語ったそうです。

マハルシは、世界の現れに無意識なまま、真我の中に完全に没入したニルヴィカルパ・サマーディ(永久的なサマーディではない)であったようです。
これを、井戸の中に下ろされた桶にたとえて、「桶の中には、井戸(真我)の中でひとつとなった水(心)が入っている。だが、ふたたび引き上げられるためにロープと桶(自我)はいまだに存在している」と語られたそうです。
つまり、このような状態にあっても、サハジャ・サマーディ(最終的な状態。世界の現れの完全な気付きを伴いながら、身体と精神の機能を完全に行使した、至福さえ越えた、妨げられることのない純粋意識。真我にとけ込んだ状態)ではないと語られたようです。

マハルシが、外的に正常な状態を保ちながら日常生活に従事できるようになったのは、「死の体験」から数年を要しています。

【参考】
1.アーシュラム歴代会長
初代(~1953年)
 ナーガスンダラム(ニランジャナーナンダ・スワミ)
 別称:チンナスワミ
 *マハルシ(二男)の弟(三男)
2代目(1953~1944年)
 T.N.ヴェンカタラーマン
 別称:スワミ・ラマナーナンダ・サラスワティ
 *マハルシの甥(三男ナーガスンダラムの息子)
3代目(1994年~現在)
 V.S.ラーマナン
 別称:スンダラム
 *マハルシの甥(T.N.ヴェンカタラーマン)の長男

2.「ラマナ・ペリヤ・プラーナム(75人の古い帰依者の霊性の旅)」
バガヴァーン・ラマナ・マハリシを大伯父に、元アーシュラム会長ヴェンカタラーマン氏を父に持つV.ガネーシャン氏(二男)は、アーシュラム・マガジン「MountainPath」の編集などを通じて、アーシュラムに約37年間貢献されました。
引退後、バガヴァーンの古い帰依者達をアーシュラムに再度招いて、その最期を看取ることを自らのサーダナとされました。
これを機会に、彼らの口から直接バガヴァーンと過ごした懐かしい日々を聞き出して記録することに専心するようになりました。
面会を重ねるうちに、それまで存在しなかった「帰依者達によるバガヴァーンの回想録」が紡ぎ出されました。
帰依者一人一人の心の奥深く仕舞われていたバガヴァーン秘話は、こうして「ラマナ・ペリヤ・プラーナム」として開花したのでした。
「ペリヤ・プラーナム」は熱烈なシヴァの帰依者63人を綴った、タミール・ナドゥに伝わる古い聖典です。
この表題にちなんで、バガヴァーン・ラマナ・マハリシと古い帰依者75人の密接な交流が描かれたこの本は、「ラマナ・ペリヤ・プラーナム」と名付けられました。

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ookuwa

Author:ookuwa
私は、英語がとても苦手なのですが、ラマナ・マハルシの教えをより深く理解するため、「Talks」の翻訳(直訳)をしています。
 * Talks直訳について
もし、転記などをされた方は、転記元(当ブログ)を明記してください(転記などをされた後、その方などが著作権を主張されますと困りますので)。
なお、「Talks」翻訳時に、日本ラマナ協会の故柳田前会長が開催した「神戸ラマナ講座」で配布された資料、柳田前会長が翻訳された本、福間巌さんが翻訳された本、shibaさんの「アルナーチャラの聖者」を参照しています。また、mixiで知り合った方からいろいろなアドバイスをいただきました。(感謝!)
*1994年日本ラマナ協会入会、2008年退会、愛知県

【Talksなどの修正・追記履歴】
2019.07.13 真我の探求方法
2019.05.25 マハルシの年表
2019.01.09 マハルシの文献
2016.03.13 Talksなどのまとめ



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